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    <title>ベンチャー通信</title>
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    <title>若者よ、もっと&quot;欲&quot;を持とう - ベンチャー通信　プロフェッショナルを探す</title>
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    <published>2010-06-29T23:36:03Z</published>
    <updated>2010-06-16T11:30:29Z</updated>

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    <author>
        <name>経営通信Web</name>
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    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.v-tsushin.jp/search/">
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信29号（2007年12月号）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―ワタミは積極的に環境問題に取り組んでいますね。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>渡邉：</strong>環境問題に取り組むのは、今や企業として当然の責任だと思っています。私が環境問題に取り組むようになったキッカケは、創業当時にまでさかのぼります。今から18年前、当社は「ＫＥＩ太」というお好み焼きの宅配事業を手がけていました。その宅配事業では保温性を高めるために発泡スチロールの容器を使っていました。そして、私はこの容器が燃えないゴミとして捨てられるのがとてもイヤでした。そのままゴミとして地球に埋められる。それが我慢なりませんでした。 そこでお客さまから容器を引き取らせてもらって再資源化しました。これは非常にコストがかかりましたが、私は経済効率よりも地球環境の方を優先したかったので、この決断をしました。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―その後、多店舗展開を行う外食企業では初めてISO14001認証も取得しましたね。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox_right clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>渡邉：</strong>実は外食産業では製造業と違い、ISO14001を取得するメリットはうすいと考えられていました。しかし当時、当社ではアルバイトが約6000人働いていました。ＩＳＯを取得すれば、その6000人のアルバイトの行動や習慣が変わります。そして彼らが家に帰れば、その世帯の行動や習慣も変わる。そう考えると、かなりの影響力になると思って取得することにしました。現在では約2万人のアルバイトに取り組んでもらっています。 人類はその長い営みの中で、今まで自然と共生してきました。それをたった一世紀くらいの企業活動で台無しにしてはいけない。そもそも全ての企業活動は、経済効率よりも地球環境を優先させるべきなんです。地球環境を邪魔しないようにして企業活動をするべきだと思っています。</div>
	<div class="gra">
		<img height="200" src="/img/watami-1b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―近年、様々な企業が環境問題に取り組み始めていますね。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>渡邉：</strong>それは非常にいいことだと思います。しかし、大事なのは企業トップが本気で環境問題に取り組む意志があるかどうかです。環境ブームに乗って、見せかけの取り組みをしてもまったく意味がない。企業トップが目先の損得勘定ではなく、心の底から信じて動かないといけないんです。そのためには企業トップ自身が自分の生活を律するところから始めるべきだと思いますね。 私は十数年前から社員に対して、環境についてのメッセージを毎月の従業員に送る手紙やビデオレターなどの中で伝えています。そのメッセージの本質は十数年経った今でも何も変わっていません。企業トップが本気にならないと、現場で働く社員にも伝わりません。私は、ゴミの分別をしない人やタバコのポイ捨てをする人を生理的に許せない性質なので、ワタミの環境問題に対する取り組みは本気なのです。</div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
        <![CDATA[<p><b>※下記はベンチャー通信29号（2007年12月号）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">


	<strong>―話は変わりますが、最近ベンチャー企業の不祥事が多いですね。それについて、渡邉さんはどう思いますか？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent"><strong>渡邉：</strong>ベンチャー企業というのは非常に難しいと思います。一度うまくいっても、それを継続するのが非常に難しい。うまくいった後にどうするかが大事です。うまくいくと、その起業家を周りがおだてるようになる。そして、次第に起業家の気持ちに緩みも出始めて、「うまくいっているんだから、これくらいのことは許されるだろう」と考えて、自分に対する厳しさがなくなっていく。こうなってしまうと、そのベンチャー企業の業績は下り坂になっていきます。豪華な別荘を買ったり、自家用ジェットを買ったりするのは、それ自体は悪いことではないと思います。しかし、それによって自分に対する甘さが出てしまえば起業家としては失格でしょうね。うまくいっている時こそ、自分自身を律する。そういう厳しさが起業家には必要です。
</div>
</div>



<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―うまくいっても、自分を律することが"できる起業家"と"できない起業家"の差はどこにあるんでしょうか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox_right clearfix">
	<div class="sent"><strong>渡邉：</strong>それはその起業家がどこを目指しているかの差だと思いますね。つまり、どこに起業家としてのゴールを定めているのかということです。自分の私利私欲を満たすのがゴールなのか、それともより上位概念である社会貢献にゴールを定めているのか。
起業時の動機が"自分自身が物質的に豊かな生活をしたい"でもいいんです。でも会社がうまくいって会社規模が大きくなっても、そんな動機のままだと会社は次第にうまくいかなくなります。そこで気づかないといけない。物質的な豊かさ以上の価値が世の中にあるということを。もっと大切なものに気づく。お金では買えない価値に気づかないといけないわけです。そこに気づけば、会社はより発展し、継続的に繁栄させることができるでしょう。
</div>
<div class="gra">
		<img height="200" src="/img/watami-2b.jpg" width="330" /></div>
</div>



<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―渡邉さんの場合はどうでしたか？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent"><strong>渡邉：</strong>私も途中で、その大切なものに気づきました。私も起業したいと考えた当初の動機は、物質的な豊かさを得たいためでした。小さい頃、会社経営をしていた父の事業がうまくいかなくなり、裕福な家庭から一転、非常に貧しくなりました。そういった経緯もあり、物質的な豊かさへの憧れが私の中に強烈にあったんです。しかし、大学時代に擬似会社のようなものを友人たちと運営して、徐々に考えも変わってきました。いろんな葛藤を通して、自分の中での考えが変化していったんです。自分の私利私欲のためだけに会社を経営していいのかと。<br /><br />　そして、ワタミが店頭公開するときに、個人で7億円もの借金をしました。株式上場をするにあたり、自分の持ち株比率を下げないように自社株を買う必要があったんです。その後、その7億円の借金を完済した時、私の物質的な欲はなくなりました。10代の頃から続いていたお金の呪縛から解放されたんです。今ではワタミを地球上で一番たくさんのありがとうを集めるグループにするべく、日々その理念に向かって努力しています。個人的な金銭欲はまったく無くなりましたね。
</div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
    </content>
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    <title>一点突破、全面展開 - ベンチャー通信　プロフェッショナルを探す</title>
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    <published>2010-06-29T12:29:28Z</published>
    <updated>2010-06-16T11:19:07Z</updated>

    <summary></summary>
    <author>
        <name>経営通信Web</name>
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    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.v-tsushin.jp/search/">
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信10号（2004年6月号）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	－敗戦直後の神戸に出てきて、どんなことを感じたんですか。</h3>
<!-- * detailbox * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<p>
			<strong>鬼塚：</strong>当時の神戸は、国際都市だった。無秩序に多くの外国人が入ってきて、街としては荒廃していた。治安も悪かった。空襲で家を焼かれた子供たちが、闇市場に流れ込んで、非行に走っていく。アメリカの進駐軍も進駐してきて、日本の少女がパンパンという売春婦になって、彼らの手先になっていましたよ。ひどい有様でした。僕は、そんな神戸を見て愕然としたんです。なんということだ。戦死していった戦友たちは、何のために死んでいったんだと。平和な日本をつくるために、子供たちを守るために、死んでいったはずなのに、なんてざまだと。<br />
			　そこで僕は決心したんです。日本の将来を担っていく日本の青少年のために一生を尽くすぞと。青少年を立派に育てて、健全な国民にしていくことが、自分の使命だと考えるようになった。</p>
	</div>
</div>
<!--// * detailbox * --><h3 class="com_detail_a">
	－青少年の健全な育成のために、なぜスポーツが大事だと考えたんですか。</h3>
<!-- * detaibox_left * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>鬼塚：</strong>スポーツの重要さは、そもそも堀という戦友に教えてもらったんです。教育の原点は、「健全なる身体に健全なる精神が宿る」ということだと。心身ともにバランスよく育ってはじめて立派な人格形成ができる。そしてスポーツには、スポーツマンシップがあるということを。</div>
</div>
<!-- * detaibox_left * //--><div class="detailbox_left clearfix">
	<div class="sent">
		　1つ目に、スポーツにはルールがある。ルールを守らなければ、スポーツはできない。スポーツを通して、ルールを守る大切さを知る。ルールを守るのは、人間のいちばん基本的なことです。そして、2つ目に礼儀。スポーツマンは礼儀を重んじる。やはり人間は、一人では生きていけない。人と人との交わりの中で成長していく。相手に礼儀を尽くして、相手に認めてもらって、初めて相手が心を開いてくれる。<br />
		<br />
		　3つ目に、スポーツマンはベストを尽くして闘う。ベストを尽くすとは、積極的に情熱を持って取り組むこと。それにより新しい技術を習得していく。時には負けることがあっても、ベストを尽くして闘ったら、負けても悔いは残らない。逆に今度は絶対に勝ってやるぞと、ハングリー精神が沸いてくるんです。そして、4つ目にチームワーク。実はこれがいちばん大事です。チームワークというのは、時には自分が犠牲になることもある。自分がみんなの踏み台になってチームを勝利に導くことだってある。</div>
	<div class="gra">
		<img height="300" src="/img/asics-1b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<!-- * detaibox_left * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		　むかし読売巨人軍に川上という有名な監督がいたんです。その川上監督に、いちど会って話を聞いたことがあった。なぜ巨人軍を強いチームに育てることができたのかと。その時に監督の口から出たのが、「チームワークの大切さ」だったんです。野球には、優秀な投手や優秀なバッターが必要だ。でも、それだけじゃ、勝てないんだと。みんながチームワークを組んで、はじめてその力が発揮される。そんな話を聞いたんです。<br />
		<br />
		　また、こんな話も聞きました。4番バッターにバントを指示したことがあった。しかし、彼は監督の指示を無視して、バントをせずに三振してしまった。その試合は結果として負けた。その晩に川上監督は彼を呼んだんです。「お前は野球が分かっていない。プロじゃない！野球というのは、みんながチームワークを組んで初めて勝てるんだ。お前は明日から二軍へ行け！」。そうやって彼を諭した。<br />
		<br />
		　でも彼は、「くそっ！監督は俺の実力を知らない！」とブツブツと文句を言った。それを聞いたコーチが、彼のもとに行って言ったんです。「おい、お前はなんて奴だ！さっき俺が監督のところに行ったら、監督が泣いていたぞ。なんであんなに素晴らしい能力を持った選手が、チームワークの大切さを分かってくれないんだ。あんなに素晴らしい能力を持っていても、チームの一員には加えられない。本当にもったいないと。残念でしょうがないと。そう言って監督が泣いていたぞ」。それを聞いた彼は、凍りついた。「俺が間違えていた。俺が悪かったんだ」と。そして、彼は川上監督のところに行って謝り、その次の日から一軍に復帰したんです。そんな話を聞きました。いい話でしょ。<br />
		<br />
		　そして5つ目は、スポーツマンというのは、いつも自分と向き合って、自分自身を磨き続ける。また目標を立てて、その目標に向かって、練習を重ねる。スポーツとは、ただ体を動かすだけじゃなくて、精神鍛錬でもあるんです。</div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信10号（2004年6月号）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	－鬼塚さんが人生の使命感を見つけた時、どんな気持ちだったんですか。</h3>
<!-- * detailbox_left * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">

			<strong>鬼塚：</strong>いやー、本当に嬉しかったですよ。今までモヤモヤしていた霧が、一気に晴れたような気持ちです。みなさんも、本当に事業を興したいなら、使命をはっきりとさせることです。素晴らしいスポーツシューズを作って、青少年を立派に育てよう。これが僕の使命でした。物のない時代だから、靴を作れば、飛ぶように売れる。だからと言って、いっちょ儲けてやろうではダメなんです。当時の多くの闇商売の靴屋は、金儲けが目当てだった。そんな商売は長くは続かない。事業を興すなら、志を持たないといけない。それも終生の志です。この志を持てるかどうかで事業の成否が決まるんです。
	</div>
</div>
<!--// * detailbox_left * --><h3 class="com_detail_a">
	－志とは、なんですか。</h3>
<!-- * detailbox * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<p>
			<strong>鬼塚：</strong>「動機は善なるや、私心なかりしか」ということ。つまり、あなたの仕事をする動機は、いったい何だと。金儲けが動機なのか。自分の私利私欲だけが動機なのか。それとも人のためや世の中のために役に立ちたいのが、動機なのか。</p>
	</div>
</div>
<!-- * detailbox * //--><div class="detailbox_right clearfix">
	<div class="sent">
		それを自分の胸に聞いてみる。金儲けが動機だったり、自分の私利私欲だけが動機だったら、そんなものは志でも何でもない。そんな人に事業は興せないし、誰も協力しません。 　人のため社会のために事業を興すから、人々も応援し、社会もあなたを成功させるんです。小さな安易な目標では、誰も見向きもしません。<br />
		<br />
		　また志を持った人は、土壇場に強い。困難にブチ当たっても倒れない。これをやり遂げるまでは、死ねんぞっていうくらいの気迫がある。事業を興せば、必ず危機は訪れるんです。その危機を乗り越えられるかで、事業家としての素質が決まります。そこで潰れてしまう人は、そのまま終わり。でも、そこで耐えられる人は成功していく。危機に耐えられる人は、私利私欲だけで事業を起こしていない人です。</div>
	<div class="gra">
		<img height="240" src="/img/asics-2b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
    </content>
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<entry>
    <title>ベンチャーこそ、ルールブレイカーたれ - ベンチャー通信　プロフェッショナルを探す</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.v-tsushin.jp/search/details/000079/" />
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    <published>2010-06-29T10:08:24Z</published>
    <updated>2010-04-13T00:20:16Z</updated>

    <summary>
	～ソニー前CEOがベンチャー育成に挑む～
</summary>
    <author>
        <name>経営通信Web</name>
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    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.v-tsushin.jp/search/">
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信37号（2008年新春号）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―出井さんは2006年に「クオンタムリープ」を立ち上げました。社名に込めた想いを教えてもらえますか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent"><strong>出井：</strong>「クオンタムリープ」とは量子力学の世界の言葉で&ldquo;非連続の飛躍&rdquo;を意味します。事業や技術の成長というのは、右肩上がりの直線のように連続的に伸びていくわけではありません。突然、飛躍的にジャンプすることがある。これは私自身がソニー時代に何度も経験したことです。スポーツの場合でも、練習を重ねていると突然上手くなる瞬間があります。そして、いま日本という国にも、この&ldquo;非連続の飛躍&rdquo;が必要という意味で、「クオンタムリープ」という社名をつけました。</div>
</div>
<!--// * detaibox_right * --><!--// * detaibox_left * --><h3 class="com_detail_a">
	<strong>―出井さんは、世界的なコンサルティングファームのアクセンチュアや百度（中国最大の検索エンジン）など、様々な世界的企業の社外取締役も務めています。それぞれの企業の業種や国籍は様々ですが、出井さんが共通して伝えているメッセージはありますか</strong></h3>
<!-- * detaibox * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent"><strong>出井：</strong>私が常に経営陣に伝えているのは、未来を見据える視点を持つこと。未来の競争相手は誰か？未来の顧客は誰か？未来の株主は誰か？ 10年、20年、50年先のことを、表面的に捉えるのではなく、常に本質的に捉えなければ経営はできません。</div>
</div>
<div class="detailbox_left clearfix">
	<div class="sent">
		　たとえばアクセンチュアの場合、現在の競争相手は欧米の大手コンサルティングファームです。でも未来の真の競争相手は、インドという国家かもしれない。では、どうすればインドに勝てるのか。また現在の顧客は20世紀に確固たるブランドを築いた世界的企業がほとんどですが、20年後に果たして既存顧客のどれぐらいが生き残るのか。<br />
		<br />
		　百度の場合も、現在の中国では圧倒的に強い。中国国内の検索エンジンのシェアで、グーグルやヤフーを大きく引き離しています。しかし、それは未来も揺るぎないのか。彼らも未来のことを真剣に考え抜いているから、新規参入が難しいと言われている日本にも進出してきました。私ができることは、彼らに未来の課題を気づくきっかけを提供することだと考えています。経営をし始めると、みんな目の前の短期的視点に囚われがちですから。</div>
	<div class="gra">
		<img height="220" src="/img/quantumleaps-1b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<!--// * detaibox * --><!--// * detaibox_left * --><h3 class="com_detail_a">
	―出井さんが考える「ベンチャーの役割」を教えてください。</h3>
<!-- * detaibox * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent"><strong>出井：</strong>&ldquo;ルールブレイカーたれ&rdquo;ということです。大企業が作った既存のルールをぶち壊して、新しいルールを作ってほしい。大企業の下請けだけをしている企業は、私の考えるベンチャーの定義には入ってこないと思っています。また真のルールブレイカーはそうそうたくさん出てくるものではなく、100社のベンチャーのうち1社もあればいいと思います。この玉石混交のベンチャーの集まり、&ldquo;台所&rdquo;のような場所をベンチャー業界と呼ぶのだと思います。 <br />
		<br />
		　最近の日本のベンチャーが盛り上がってこない理由は、大企業が作った既存のルールの&ldquo;はしっこ&rdquo;をちょこちょこと変えているだけだからではないでしょうか。日本は既に技術やサービスも成熟しているので、なかなかルールブレイクとなる技術やサービスが生まれないのは分かります。しかし、もっとベンチャーには頑張ってほしい。また大企業の側も自分たちが作った既存のルールを壊したくないので、ベンチャーを押さえつけようとしがちです。これまでに利益を生み出し続けてきたモデルを、あえて自分たちで壊したくないんです。そこが日本の問題点です。<br />
		<br />
		　昔はソニーも小さなベンチャーでした。世界中のラジオが真空管で動いていた時代に、ソニーはトランジスタラジオという半導体で動くラジオを作った。まさにルールブレイカーだったわけです。でも1955年にソニーがトランジスタラジオを発売した後も、松下電器産業（現：パナソニック）や東芝は真空管で動くラジオを作り続けました。大企業はなかなか既存のルールを変えられません。だからベンチャーこそ、変革を加速させる必要があるんです。 <br />
		<br />
		　たとえばグーグルはルールブレイカーです。あらゆるネット上の情報をオープンにしたプラットフォームを作って、既存のメディアや広告のルールをぶち壊した。今さら説明するまでもありませんが、グーグルは単なる検索エンジンを提供するIT企業ではありません。また無線通信技術のベンチャーであるクアルコムは、「CDMA」という新しい無線通信方式のプラットフォームを作った。そして、それまでの電話の通信方式をガラリと変えてしまった。このような役割こそ、ベンチャーの本質だと思います。</div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信37号（2008年新春号）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	―日本のベンチャーを取り巻く状況をどう見ていますか。</h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox_right clearfix">
	<div class="sent"><strong>出井：</strong>ベンチャーを支える仕組み、私はそれを生態系と呼んでいますが、日本とアメリカではその生態系が全く違う。アメリカでは、従来の方式とは全く違うアプローチで半導体や※クリーンテックの技術開発をするベンチャーに、創業期のグーグルに出資したKPCBや、セコイア・キャピタルなどの大手ベンチャーキャピタルが大胆に投資している。しかし、日本のベンチャーキャピタルは頑張っているものの、規模も長期的ビジョンもそれに遠く及ばない。だから、日本にはルールブレイカーになり得る人材や技術があっても、なかなか生き残れない現実があると思います。<br />
		<br />
		　またアメリカには成功で大きなお金を手にした起業家は、私財を投じて社会貢献やベンチャー育成を行う、資本循環の風土があります。しかし、日本には大金持ちを生む仕組みがないので、個人の※エンジェルも生まれづらい。</div>
	<div class="gra">
		<img height="220" src="/img/quantumleaps-2b.jpg" width="285" /></div>
</div>
<!--// * detaibox_right * --><!--// * detaibox_left * --><h3 class="com_detail_a">
	<strong>―では、日本はどうすればいいのでしょうか。</strong></h3>
<!-- * detaibox * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent"><strong>出井：</strong>日本でエンジェルの役割を担えるのは、現時点では大企業だと思います。だから日本の大企業は意識して、利益の一部をルールブレイクのために投資すべきだと考えています。大企業の長所は、資金が豊富で経営が安定していること。大企業の短所は、大きいがゆえに組織が硬直的で、仕事が固定化している場合が多いこと。それに対してベンチャーの長所は、組織が柔軟で仕事が常に変化している。ベンチャーの短所は、一度大きな失敗をしたら会社が潰れてしまう可能性があること。こういった大企業とベンチャーが、お互いの長所を組み合わせ、短所を補完すれば、日本経済に「クオンタムリープ」を起こせると私は考えています。 <br />
		<br />
		　たとえば、トヨタ、ソニー、日立などの日本を代表する大企業は新技術をたくさん持っています。でも大企業は自らの事業領域やリスクを考え、その新技術を世の中になかなか出すことができない。一方、大企業と同じような新技術を持っているベンチャーも存在します。でも豊富な資金が無いので、新技術を大胆に事業化できない。<br />
		<br />
		　いま私は、大企業がベンチャーに出資しやすい仕組みづくりを考えています。この仕組みが機能すれば、日本の新技術が世の中に積極的に出てくるし、同時に有望なベンチャーを育てることもできる。そして、育ったベンチャーが新しい産業、ひいては大企業までをも活性化していく核となる。これが日本独自のベンチャー育成モデルになり得ると考えています。私がソニーCEO時代に、ソニーがマネックス（現：マネックスグループ）に出資したのも、このような考え方がベースになっています。</div>
</div>
<!--// * detaibox * --><!--// * detaibox_left * --><h3 class="com_detail_a">
	―よく日本のベンチャー業界では、「第2のソニーを創る」という表現が使われますが、第2のソニーは生まれると思いますか？</h3>
<!-- * detaibox * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent"><strong>出井：</strong>いわゆる工業、IT産業といった産業エリアからだけではなく、農業や水産業などの第一次産業から、世界に通用するベンチャーが日本から生まれる可能性があると思います。その場合、これまでの産業構造とは全く違う視点が必要かもしれません。今年で21世紀も9年目になりましたが、いまだ世界経済は20世紀に確立されたブランドの大企業が主要プレーヤーとなっています。そろそろ、全く新しい産業構造を持つ21世紀型のベンチャーが世界経済の主要プレーヤーになってもいい頃です。2050年にもなれば、主要プレーヤーの顔ぶれは大きく変わっていることでしょう。<br />
		<br />
		　その主要プレーヤーに日本のベンチャーが入るためには、よりグローバルな視点で物事を考えることが重要です。たとえば百度の本社は北京ですが、法人登記は税金の低いケイマン諸島という国です。株式は資金調達がしやすい世界最大の新興市場の米ナスダックに上場しています。しかも事業展開は、中国と同じ漢字文化圏である日本や香港にも進出している。つまりグローバルな視点に立って、それぞれ最適な選択をしているわけです。しかし、多くの日本のベンチャーは国内に留まってしまっている。そこが残念なところです。<br />
		<br />
		<br />
		<span style="font-size: 90%;">※クリーンテック：天然資源の消費、大気への温暖化ガス排出や廃棄物を減らし、再生可能な資源を活用するさまざまな技術／製品／サービス・プロセスのこと。<br />
		※エンジェル：ベンチャー企業への資金提供と事業支援を行う個人投資家のこと。</span></div>
</div>
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    <title>やる前から考えても無駄 - ベンチャー通信　プロフェッショナルを探す</title>
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    <published>2010-06-28T10:24:51Z</published>
    <updated>2010-06-16T11:38:13Z</updated>

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    <author>
        <name>経営通信Web</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.v-tsushin.jp/search/">
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信8号（2003年7月号）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―早速ですが、柳井さんは小さい頃、どんな少年だったのですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>柳井：</strong>おとなしい子供でしたよ。3人兄弟で、姉と妹がいたんです。だから男の子は僕が一人。大事に育てられたんで、やわな男の子でした（笑）。また住んでいたのは、山口県の地方の商店街。うちの親父も商店街で紳士服の商売をしていました。だから商売と日常生活が密着していたんです。小さい頃は商売にまったく興味はなかったけど、毎日のように商売の話を聞いていたので、自然と商いの感覚は身に付いていたと思います。でも小さい頃は、商売っていうのは、あまり儲からないんだなっていうのが実感でした。</div>
</div>
<!--// * detaibox_right * --><!--// * detaibox_left * --><h3 class="com_detail_a">
	<strong>―商売にあまり良いイメージは持っていなかったんですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox * //--><div class="detailbox_left clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>柳井：</strong>そうですね。商売をしていると、価値観の尺度がお金になってしまう。うちの親父も「お金がないのは首がないのと同じだ」とか言っていました。そういう考え方には、子供ながらに反発心はありました。<br />
		<br />
		　またうちの親父は紳士服店以外にも土建屋をやったりと、いろんな商売をしていました。政治も好きで、国会議員の後援会長もしていた。地方の商売なんで、政治的な面でいろんな物事が決まったりするんです。要は人間関係なんです。そういった政治的な人間関係にも反発心がありましたね。だから自分で商売をしようと思った時も、親父とは違うやり方で商売をしたいと思った。</div>
	<div class="gra">
		<img height="200" src="/img/fastretailing-1b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<!--// * detaibox_right * --><!--// * detaibox_left * --><h3 class="com_detail_a">
	<strong>―大学時代の将来の夢は何だったんですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>柳井：</strong>特に夢は持っていませんでした。僕は典型的な無気力学生だったんです（笑）。大学の授業もろくに行かず、麻雀やパチンコをして無為に過ごしていましたよ。自分で商売をしようなんて全く思ってなかったです。どうしたら仕事をしないで生きていけるかを考えていたくらいですから。</div>
</div>
<!--// * detaibox_right * --><!--// * detaibox_left * --><h3 class="com_detail_a">
	<strong>―就職活動は、どのようにしていたんですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>柳井：</strong>就職活動はしませんでした。仕事をしようという気持ちが全くなかった。だから就職活動もせずに、大学４年生になった。そうするうちに親父が「大学を卒業したらどうするんだ」って言ってきたんです。「何も決めてない」って言うと、「じゃあ、ジャスコに入れ」って言うんですよ。 その当時、親父はショッピングビルをやっていて、そのビルの共同経営者がジャスコ系列の人だった。それでその人の息子もジャスコに入社するから、一緒に入れって言う。僕も特に行きたい会社なんてなかったから、そのままジャスコに入社したんです。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―実際ジャスコに入社してみて、どうでしたか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>柳井：</strong>入社したんですが、すぐに辞めてしまいました。学生気分が抜けきらずに、働くのが嫌で嫌でしょうがなくなり、半年くらいで辞めた。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―会社に合わなかったんですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>柳井：</strong>いえ、ジャスコの社員の方は仕事に熱心な方が多くて、会社自体も一生懸命に商売をしている会社だったですね。ただ僕が仕事に対する意欲が持てなかったんです。たとえジャスコで店長になったとしても本当の実力が身に付くかどうか疑問だった。そういう状態だったんで、辞めることにしました。</div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信8号（2003年7月号）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―ジャスコを辞めて、すぐに実家に戻ったんですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent"><strong>柳井：</strong>いや、実家には戻らずに、半年くらい東京でブラブラしていました。大学時代の友人の家に転がり込んで、一緒に生活をしてました。でも友人は就職している。だから毎朝その友人は会社に出社。でも、自分だけブラブラする生活。本当に憂鬱になりましたね。それで、こんな生活をしているんだったら実家に戻った方がましだと思って、実家のある山口県宇部市に帰りました。<br />
		<br />
		　実家に戻ってからは、親父がやっていた紳士服専門店を手伝いました。でも手伝いながら、愕然としたんです。ジャスコで働いた時と全然違う。仕事の効率も悪いし、従業員も真面目に働いていない。この違いは何なんだって。それで、ああでもない、こうでもないって店員に言いまくったんです。そしたら、一人を残して七人いた店員がみんな辞めちゃった。その当時は現場の人の気持ちなんて考えていなかった。若気の至りですね。<br />
		<br />
		　それで店員がいなくなったんで、自分で全てをやらなくちゃいけない。仕入れ、販売、経理、人事を全部自分でしました。親父も会社の実印を僕に渡して、「好きにやれ」って言う。僕はまだ20代の若造でしたが、一気に責任を負うことになったんです。でもそれが結果として非常に良かった。全部自分でしないといけないから、商売人としてすごく勉強になった。それに、やってみたら、商売って結構面白いんだな、と気が付いた。毎日、成績表をもらっているようなものでしょう。やったことが全部、自分に返ってくる。そこで初めて、自分で商売をやっていこうと決心したんです。</div>
</div>
<!--// * detaibox_right * --><!--// * detaibox_left * --><h3 class="com_detail_a">
	<strong>―その当時はどれくらい働いていたんですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent"><strong>柳井：</strong>朝8時くらいから夜9時くらいまで働いていました。家に帰ってからも仕事をしていたんで、ご飯を食べているとき以外は全部仕事でしたよ。地方で商売をしていると、なかなかいい人材が入ってこないんです。だから自分一人で全部の仕事を回さなくちゃいけない。そのために仕事の一つ一つを自分で全部覚えていきました。</div>
</div>
<!--// * detaibox_right * --><!--// * detaibox_left * --><h3 class="com_detail_a">
	<strong>―その当時、将来の夢は何か持っていましたか。</strong></h3>
<!-- * detaibox * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent"><strong>柳井：</strong>いや、夢を持つ余裕なんてなかったですよ。もう生きていくのに精一杯。いかに親父から引き継いだ会社を潰さないようにするか。月末の支払いとか一日の売り上げなどが気になって、将来の夢どころじゃなかったですね。ユニクロもせいぜい３０店舗が限度だと思っていました。どんなに頑張っても、売上げ30億が自分のできる精一杯だろうって。</div>
</div>
<!--// * detaibox_right * --><!--// * detaibox_left * --><h3 class="com_detail_a">
	<strong>―いつくらいから全国展開を目指し始めたんですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent"><strong>柳井：</strong>会社の売上げが2、30億円を超えはじめた頃です。このまま個人経営でやっていても、うまくいかないんじゃないかって考え始めた。事業として継続していくには、経営者にならなくちゃいけないんじゃないかって。それで、これからは経営者として生きていこうと決めました。経営者は商店主とは全然違います。経営者は客観的に自分の会社を判断して、主体的な行動ができる人のことです。会社の収益や社員の自己実現を、どのようにして達成させるか。また原理原則を大事にして、どんな人でも納得できることを淡々と実行する。それが経営者だと思います。経営なんて、何にも劇的なこともないし、派手さもない、非常に単調でつまらないものです。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―経営の原理原則とは何ですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox_right clearfix">
	<div class="sent"><strong>柳井：</strong>経営は信用が全てです。あとは自分自身で実際に経営してみて原理原則を見つけていくものだと思います。まずは自分で全部やってみないと分かりません。<br /><br />　また商売では甘い考えは通用しません。まず商品を買いに来るお客さんは非常にシビアです。自分のお金を商品と交換するわけですから、とても厳しい目で見てくる。またその店で働く従業員もシビアです。自分の大事な時間を使って、お金をもらいにくるわけですから、これもまた厳しい目で見てきます。<br /><br />　そんな中、経営者は誰にでも納得できる形で経営しないといけない。でも最初からうまくはいきません。何回も失敗してみて、失敗の原因が自分の中にあるんじゃないかと気付かないといけない。そうやって、自分を成長させていくんです。</div>
	<div class="gra">
		<img height="270" src="/img/fastretailing-2b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―柳井さんも失敗をしてきたんですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent"><strong>柳井：</strong>いつも失敗の連続ですよ（笑）。商売に関して言えば、一勝九敗くらいです。ほとんど失敗してる。新しいことを始めて、成功する確率は、ほとんどゼロに近い。だから僕は失敗しても会社が潰れないようにすることをいつも考えてきました。会社を潰したら、従業員や取引先に取り返しのつかない迷惑をかけます。だからまずは会社を潰さないことを考える。それが商売の信用につながると思います。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―人から信用されるために他に大事なことはありますか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent"><strong>柳井：</strong>やっぱり一貫してやることが大事です。コロコロと意見を変えたり、昨日言ったことと今日言ったことが違う人を誰も信用しません。だから自分で言ったことは、必ず実践する。そういう一貫性が大事だと思います。他には約束を守ることも大事です。うちの会社では、会議はだいたい5分前から始めます。5分前にはみんな集まっているから、会議が始められるんです。会議に遅れてくる人は、僕は大嫌いです。</div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
    </content>
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    <title>激動の昭和を駆け抜けた世界的起業家 - ベンチャー通信　プロフェッショナルを探す</title>
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    <published>2010-06-27T00:01:51Z</published>
    <updated>2010-06-11T05:27:30Z</updated>

    <summary></summary>
    <author>
        <name>経営通信Web</name>
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    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.v-tsushin.jp/search/">
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信9号（2003年12月号）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―小さい頃から起業家を目指したいたんですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>安藤：</strong>自分で独立して商売をしたいとは思っていましたよ。私は幼い頃に両親を亡くして、祖父母に育てられました。祖父は厳格な人で、幼い頃から雑用などいろんな仕事を言いつけるんです。幼い頃から、役目、分担を与えられたので、自然と自立心が芽生えていったんです。また仕事の仕組みが分かると、自然と興味もわいてくる。祖父の家は朝から晩まで、たくさんの使用人がせわしなく働いている。店に出入りする商人たちのざわめき。すごく活気があった。そんな光景を見ていて、「商売って面白いんだな」って感じたんです。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―やっぱり小さい頃から自立していたのが、大きく影響していたんですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>安藤：</strong>そうですね。甘えたくても甘えられなかったんです。両親もいないし、自分で自立して生活していくしかない。そんな状況だったんです。人間は本来、弱い存在ですよね。ともすれば、すぐに人に頼ろうとする。人に頼ると、自分で考えることをしなくなるんです。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―若い頃の経験で、今でも印象に残っていることはありますか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>安藤：</strong>ちょうど20代の頃、まだ私がメリヤスの輸入販売をしていた頃です。飛び込みで日本一のメリヤスメーカー「丸松」の工場に行きました。最初は「若造が何をしに来たんだ」というような対応で、けんもほろろだったんですが、しばらくすると私の熱意も認められて、その工場長と仲良くなったんです。藤村さんという工場長なんですが、歳は50代で私はその時まだ20代。親子ほどの年の差がありました。</div>
</div>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox_right clearfix">
	<div class="sent">
		　でも不思議と気が合って、自宅に呼んでもらったりしたんです。そんな藤村さんが、「飛行機に乗ろうか」と誘ってくれたことがあった。大阪の八尾空港に行くと、翼が布張りの単葉機がある。翼を叩くと、ボンボンって太鼓みたいな音がした。本当にこんな飛行機で大丈夫なのか。少し不安になりました。東京までの2時間ほどの行程は、とてもエキサイティングでした。パイロットに「どうですか。安藤さんも操縦してみますか」って言われた。調子に乗った私は、操縦桿を握った。そしたら、いきなり機体が激しく揺れる。私は、飛行機はおろか自動車の運転も知らない。機体は急上昇したかと思うと、急降下する。「おい、大丈夫か」。藤村さんは真顔で私に言う。でも私は愉快この上ないといった気持ちだった。とても楽しいフライトでした。戦前のいい思い出です。</div>
	<div class="gra">
		<img height="184" src="/img/nissinfoods-1b.jpg" width="285" /></div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信9号（2003年12月号）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―いまの学生を見て、思うことはありますか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>安藤：</strong>自分が若かった頃は、大学に行ける人なんて、ほんの一握り。みんな必死になって働いていた時代です。現在の日本は豊かになって、ハングリー精神も薄れてきた。若い人たちが遊び気分で大学生活を過ごすのを見ていて、うらやましいというより、大切な時間を浪費しているのが、かわいそうな気になります。 　青春を楽しむのもいいけど、学ぶときは学び、働くときは働くべきです。そして、学んだり働いたりすることに喜びを見出せないと、真の幸福はつかめないと思います。私は日清食品という会社を、仕事を通じて人間らしさを学べる場所にしたいと常に考えてきました。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―起業の秘訣を教えてください。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>安藤：</strong>まず、ひと真似をしないこと。人の真似をせずに、時代の一歩先を読む。また細心に考えて、動く時は大胆に動く。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―時代の先を読むにはどうしたらいいんですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>安藤：</strong>自分の中に鋭敏なアンテナを持つことが必要です。興味のある分野を絞って、常に時代の変化をキャッチできるようにスイッチを入れておく。そうすると同じものを見ても、心の窓が開いているから、ほかの人に見えないものが自分に見えてくる。自分がこれから挑戦する分野を絞って、鋭敏なアンテナを立てれば、どんな場所に行っても、必要なヒントが得られると思います。ビジネスのヒントはどこにでも隠されています。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―チキンラーメンのヒントはどこで得たんですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>安藤：</strong>直接的なヒントがあったわけではありませんが、ずっと印象に残っている光景があったんです。戦後しばらくして、大阪の梅田駅の裏手に行った時のことです。屋台が立ち並んでいるなか、ひときわ長い行列が目に付きました。ラーメン屋台の行列でした。やせこけた人たちが寒空の下、粗末な服を着て震えながら順番を待っていたんです。「一杯のラーメンのために、人々はこんなにも努力するのか」。この光景はいまでも非常に目に焼きついています。のちに自分がチキンラーメンを発明する重要なヒントになりました。</div>
</div>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox_right clearfix">
	<div class="sent">　発明のヒントは、ほかの人から見れば、とてもつまらないきっかけであることが多いです。このラーメン屋台の行列も、漠然と見過ごせば、「ごくろうさんなことだ」で終わってしまう。でも何事にも興味を持って観察すれば、この行列の中に庶民の強烈な思いが隠されているのを知り、大きな需要が暗示されていることに気づくはずです。<br />
		<br />
		　私はいまでも少しでも疑問がわけば、「なぜ」「どうして」と原因を突き詰めます。出張先の駅や空港ターミナルの売店、展示会、あらゆるところで聞きまくる。根掘り葉掘り聞きまくって、いたるところに新しい発想の源を探し出すんです。</div>
	<div class="gra">
		<img height="184" src="/img/nissinfoods-2b.jpg" width="285" />　　　　　　　　復元された当時の研究小屋</div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
    </content>
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    <title>起業家には強い感性が必要だ - ベンチャー通信　プロフェッショナルを探す</title>
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    <published>2010-06-26T08:52:53Z</published>
    <updated>2010-06-24T08:38:59Z</updated>

    <summary></summary>
    <author>
        <name>経営通信Web</name>
        <uri>http://k-tsushin.jp/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.v-tsushin.jp/search/">
        <![CDATA[<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―まずグロービスの事業内容を教えてください。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>堀：</strong>グロービスでは、経営に関する「ヒト」、「カネ」、「チエ」のビジネスインフラを構築し、社会の創造と変革をサポートしています。具体的な事業内容は5つあります。1つ目が、ビジネススクールの事業。これは「日本に欧米の経営大学院に匹敵するビジネススクールを作りたい」という志から始まりました。いまでは年間のべ1万人弱にも及ぶビジネスパーソンが学んでいます。そして、2つ目が企業内研修の事業。3つ目は出版事業。これは経営知を集大成して発信しています。つまり経営の「チエ」の部分。4つ目は、ベンチャーキャピタル事業です。創業・成長段階のベンチャー企業に投資をするビジネスです。これは「カネ」の部分ですね。そして最後の5つ目が、これは「ヒト」の部分の人材紹介の事業です。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―そもそも堀さんが考える&ldquo;ベンチャー&rdquo;って何ですか？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>堀：</strong>ベンチャーとは、社会におけるイノベーションの器だと思います。志を持った起業家がリスクテイキングして社会に対してイノベーションを行う。このイノベーションを行う器のようなものがベンチャーというものだと思います。だから志が無かったり、イノベーションが無かったりするものをベンチャーとは呼べないと思います。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―なるほど。では&ldquo;起業家&rdquo;とは何ですか？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>堀：</strong>起業家は自由人。経営という手法を使って、自由な発想で自らのビジョンを描いていく。それも真っ白なキャンバスに、自由に絵を描いていくように。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―ある意味、芸術家に近いですね。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>堀：</strong>そうですね。画家は絵筆をふるって絵を描きます。起業家の場合は、&ldquo;言葉&rdquo;を使って絵を描いていくんです。この言葉が、つまり会社のビジョンなんです。起業家に必要なのは、&ldquo;絵&rdquo;つまり&ldquo;ビジョン&rdquo;です。会社はどこに向かうのか。この会社の社会における存在意義は何か。そこをはっきりさせなくてはいけない。だから起業家には、絵を描き切る力がないといけない。想像力が豊かで、イメージする力を持っている人じゃないといけない。ここは科学では到達できない分野ですね。そして、起業家にも2つのタイプがある。1つが金儲けを目的として経営をする人。もう1つがビジョンを持って経営をする人。言うまでもなく、金儲けを目的としている人は大きな会社を作ることは不可能です。私利私欲に走る人に社員は付いていきませんし、そういう人を社会は成功させません。もし成功したとしても、その成功は長くは続かないでしょう。成功する起業家というのは、想像力が豊かで、きっちりとしたビジョンを描き切り、それを実行に移すことができる人です。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―起業家に必要なのは、まずはビジョンということですね。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox_right clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>堀：</strong>そうですね。そこが一番大事です。また描いたビジョンを積極的に人に伝える。そうやって社内や社外にビジョンを浸透させ、会社を引っ張っていく。またビジョンというのは、そんなに小難しく考えなくてもいいんです。自分が本当にやりたいことを、とりあえず簡単に書き出していく。どんな身近なことでも構わない。自分の今までの人生で培ってきたことを、自分の言葉で書き出すことです。そしてビジョンがある程度できあがったら、次にそのビジョンを達成させるための戦略を考える。つまり、ビジネスを科学する。ここで必要なのは、感性というよりもテクニカルな部分ですね。私は、起業とは、夢（ロマン）であり、芸術（アート）でもあり、科学（サイエンス）でもある。そして何よりも人間的プロセス（ヒューマン）でもあると思います。</div>
	<div class="gra">
		<img height="220" src="/img/globis-1b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信第21号（2006年11月）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―具体的には、どのような資質が起業家に必要なんでしょうか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>堀：</strong>まず&ldquo;人間関係能力&rdquo;。具体的には、リーダーシップ力や交渉力、説得力などです。起業とは、人間的プロセスでもあると言いましたが、経営はまさに人と人とのぶつかり合いの場でもあるんです。だから、この人間関係能力は非常に大事。読書などをして教養を磨きながら、人間的魅力を高める必要があります。2つ目が、&ldquo;考える力&rdquo;です。分析力や戦略立案力などですね。分析力とは、複雑に絡み合った環境の中から、いかにして最善な解を導き出すことができるかという力。戦略立案力とは、細かい事象ばかりにとらわれずに、全体の大枠を見ながら物事を俯瞰的に考える力です。また、これらは机上で考えて身に付くものではなく、実践を通して身に付けるものです。そして最後の3つ目が、ビジネスフレームワークの構築力です。ビジネスにも囲碁と同じように※定石というものがあります。先人の経験などから導き出されたビジネスの基本法則のようなもの。そこをきちんと踏まえて、経営ができるかどうか。これはまさにテクニック論で、ビジネススクールなどに通って身に付ければいい。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―話は変わりますが、いまの日本企業には強いリーダーが不在と言う声もよく聞きます。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>堀：</strong>そうですね。今まで日本は、リーダー個人の強さよりも組織全体の強さで世界に勝負してきました。教育水準も非常に高く、現場レベルでの個人の強さは抜きん出ていました。でも、その反面、リーダー教育が遅れ、リーダーの能力は世界的に見ても低いと思います。これからの日本は、このリーダー教育にもっと力を注ぐべきですね。サムライスピリットあふれるグローバルな視点を持ったリーダーがいま必要なんです。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―最後に若い読者にメッセージを下さい。若いうちにしておくべきことなど。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox_right clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>堀：</strong>若いうちにするべきことはたくさんあると思いますが、私が挙げるとすれば3つあります。1つ目は、リーダーシップを身につけること。リーダーシップは実践を通してでないと身に付きません。だから、まずはリーダーになることです。サークルの代表でも、ゼミの幹事長でも何でもいい。経験を積まないとリーダーシップを発揮することはできません。自らリーダーになって、メンバーをまとめ上げる力をつける。その中で人とぶつかり合って、はじめて人間というものを理解することができるんです。2つ目が、思いっきり旅をすることです。自分の知らない未知の世界を旅する。そうやって、人間としての器を広げることです。幅広い世界を旅して、広い見識を身に付けてください。そして3つ目が、思いっきり人生を楽しむことです。多くの人と出会い、ぶつかり合いながら、思いっきり人生を楽しむ。遊ぶだけ遊んだらいいと思います。やはり最後は、楽しいことをやるリーダーに人は集まってくるんです。あと、やってはいけないこと、それは大学の勉強のみを一生懸命やりすぎることですね。知識の習得も確かに大切ですが、人間関係能力の構築を重んじるべきだと思います。若いうちに大量の知識を無防備に吸収するのではなく、自分の中に確固たる考えができて、クリティカルに物事を考えられる力が付いてから、知識の習得をすればいいと思います。それからでも遅くないです。</div>
<div class="gra">
	<img height="300" src="/img/globis-2b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<p>
	※定石（じょうせき） 囲碁や将棋で、昔から研究されてきて最善とされる、決まった打ち方。物事をするとき、最上とされる方法や手順のこと。</p>
<!--// * detaibox * -->]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>&quot;野心&quot;ではなく、&quot;志&quot;を持ってほしい - ベンチャー通信　プロフェッショナルを探す</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.v-tsushin.jp/search/details/000148/" />
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    <published>2010-06-25T02:24:29Z</published>
    <updated>2010-04-13T00:31:02Z</updated>

    <summary></summary>
    <author>
        <name>経営通信Web</name>
        <uri>http://k-tsushin.jp/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.v-tsushin.jp/search/">
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信24号（2007年3月号）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―北尾さんは、ベンチャー企業に投資する時、どのような点で会社を見極めるんですか？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent"><strong>北尾：</strong>僕は必ず社長面談をします。その会社のビジネスモデル以上に、まず社長自身がどんな人物なのかをきちんと見る。どんなにビジネスモデルが優れていても、社長が&quot;志&quot;のない人物だったら、絶対に投資はしない。</div>
</div>
<!--// * detaibox_right * --><!--// * detaibox_left * --><h3 class="com_detail_a">
	<strong>―人物のどこを見るんですか？</strong></h3>
<!-- * detaibox * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent"><strong>北尾：</strong>人物を見極めるのは非常に難しい。でも一つ言えるとしたら、直感ですかね。第一印象から来る直感。なんとなく胡散臭い人だとか、誠実そうな人だというような直感ですね。「論語」の中で孔子が、人を見抜く方法として「視・観・察」の3つをあげています。「視」とは、その人の行動を観察すること。「観」とは、その人の行動の動機を調べること。どういう動機でその人はそういう行動を取るのか。そこを把握する。そして最後の「察」とは、その人がその行為に満足しているかどうかを知るということ。</div>
</div>
<!-- * detaibox * //--><div class="detailbox_left clearfix">
	<div class="sent">
		　つまり、まずじっくりとその人の行動を観察し、その上でその行動の動機を考える。そして最後に、その人の終極の目的が何だったのかを考えてみる。起業家の場合だと、特にこの「観」が大事ですね。つまり、なぜ起業したのかということです。世俗的な成功のために会社を起こしたのか、それとも世のため人のために会社を起こしたのか。この違いは大きい。<br />
		<br />
		　成功する起業家は、みんな&quot;志&quot;を持っている。&quot;志&quot;は、&quot;野心&quot;とは違う。野心は自分自身のためだけで、志というのは世のため人のためなんです。志をきちんと持って、人間的魅力がある人なら、能力的に優秀な人でなくても起業家として成功できます。なぜなら有能な人材が、その志に共感して自然と集まってくるからです。だから起業家に一番大事なのは、純粋な志を持っているかどうかということです。</div>
	<div class="gra">
		<img height="270" src="/img/sbi01b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信24号（2007年3月号）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―なるほど。起業には、ビジネス上の表面的なテクニックではなく、"志"が何よりも大事だと。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent"><strong>北尾：</strong>そうです。京セラ創業者の稲盛和夫氏が、「人生の方程式」として、「人生や仕事の結果は、考え方×能力×情熱」だとおっしゃっています。考え方が間違っている人だと、考え方の部分がマイナスになり、どんなに能力があっても、どんなに情熱があっても、あればある程に結果は大きなマイナスになってしまう。逆に正しい考え方を持っていれば、結果はすべてプラスになるということです。</div>
</div>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox_left clearfix">
	<div class="sent">　だから何よりも大事なのは、その人が正しい考え方を持っているかどうかということ。昨今の村上さんや堀江さんは考え方が間違っていたから、結果も大きなマイナスになってしまった。つまり社会に大きな迷惑をかけてしまったんです。彼らは能力と情熱が大きかった分、社会に対するマイナスもすごく大きなものになってしまった。最近のベンチャー企業の経営者の中には、比較的うすっぺらい、倫理的な価値観が欠如した輩が多いと思いますね。そんな人は起業家として絶対に成功しないし、成功させてはいけないんです。<br /><br />　やはり起業家なら、世のため人のために会社を起こし、正しいことをする人物でないといけません。ドラッカーも、「経営とは、人を通じて正しいことをすることだ」と言っています。まさに至言ですね。ビジネスモデルが優れていることは言うに及ばず、事業の根幹となるのは、やはり経営者の"徳"以外の何物でもない。そこを忘れてはいけません。
</div>
	<div class="gra">
		<img height="290" src="/img/sbi02b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<!--// * detaibox_right * --><!--// * detaibox_left * --><h3 class="com_detail_a">
	<strong>―最近ベンチャーと言うと、すぐにお金儲けのイメージに直結している気がします。</strong></h3>
<!-- * detaibox * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent"><strong>北尾：</strong>悲しいことです。戦前の日本の教育では、人間学の教育というのがあったんです。人としていかに生きるべきかを学ぶ場があった。でも、戦後になって、そういう教育もなくなり、しかも家庭でのしつけもない。学校のテストさえ良ければ、子供は学校でも家庭でも褒められる。でも、大事なのは、テストの点数よりも、人間としての品位なんです。どれだけ優秀な子供でも、間違った考え方を持っていれば、それは叱り飛ばさなければいけない。そこが無くなってしまったんです。
</div>
</div>


<!--// * detaibox_right * --><!--// * detaibox_left * --><h3 class="com_detail_a">
	<strong>―なぜ無くなったのですか？</strong></h3>
<!-- * detaibox * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent"><strong>北尾：</strong>それは戦後のアメリカの占領政策によって、日本が弱体化させられたからです。アメリカは、戦争を通して日本人の精神力の強さを思い知った。神風特攻隊や人間魚雷回天など、日本人の精神力の強さに心底驚いたんです。そこでマッカーサーをはじめとしたアメリカ占領軍が、日本人の精神の弱体化のため、教育を今のような"誇りなき教育"に変えたんです。<br /><br />　近代日本資本主義の父とも呼ばれ、生涯で500社以上の会社を創った渋沢栄一氏は、"右手にソロバン、左手に論語"と言っていました。常に倫理的価値観を持ちながら、一方で科学的経営も同時に実践することの大切さを説いていたんです。最近のベンチャー経営者と呼ばれる人たちの中には、"志"を自らの"野心"と履き違えて、勘違いしているような輩が多い。そんな経営者は、本物の事業経営者とは呼べないと思いますね。<br /><br />　一時期、堀江さんが世の中で脚光を浴びた時がありましたが、僕は本当に信じられなかった。マスコミも財界も、こぞって彼を持ち上げた。日本中が狂っていたとしか言いようがない。僕は彼がやったこと、例えば1対100の株式分割などは、本当に許せない行為だと思っていましたから、証券市場の清冽な地下水を汚す行為だと思って、義憤を覚えずにはいられなかった。だからフジテレビ買収話の時、僕は立ち上がったんです。しかし、僕が立ち上がった意図は、マスコミを通じて世の中の人には全く理解されなかった。今の日本の精神文化のお粗末さにはビックリしましたね。<br /><br />　最近の日本のテレビ番組は、子供向けの暴力番組など本当にくだらないものばかり。一億総白痴化への道を歩んでると思います。またニュース番組では、実の親が子供に虐待するなんていう信じられないニュースが流れる。そんな親を生み出したのは、日本の教育がダメだからです。人としていかに生きるべきかを教えていれば、そんな親になることなんてないでしょう。


</div></div>



<!--// * detaibox * -->]]>
    </content>
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    <title>『初心』を忘れない - ベンチャー通信　プロフェッショナルを探す</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.v-tsushin.jp/search/details/000244/" />
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    <published>2010-06-23T09:27:29Z</published>
    <updated>2010-06-24T04:18:50Z</updated>

    <summary></summary>
    <author>
        <name>経営通信Web</name>
        <uri>http://k-tsushin.jp/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.v-tsushin.jp/search/">
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信15号（2005年10月号）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―起業のきっかけは、何だったんですか?</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>矢内：</strong>大学卒業をひかえて、このまま普通に就職するのがイヤだったんです。誰かの作ったレールに乗せられてる感じがして、シャクだった。それなら、「自分たちで自分たちのビジネスを作ればいいじゃないか」というのが、起業のきっかけですね。はじめから、『ぴあ』という雑誌を創ろうと思っていたわけではありません。本当は何でもよかったんです。冗談の通じあう仲間たちと共通の経済基盤を作りたかった。ただ、それだけなんです。最初は、「カレー屋をやろう」とか「古本屋をやろう」とかいろいろ考えていました。でも、「将来性があまりないな」って、ずっとモヤモヤしていたんです。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―『ぴあ』という雑誌を創ろうと思った理由は、何だったんですか?</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>矢内：</strong>僕自身、映画が好きで、大学時代は映画研究会というサークルに入っていました。でも当時は、自分が見たい映画の情報を網羅的に紹介しているメディアがなくて見逃すことも多く、すごく不便さを感じていたんです。それなら映画の情報をひとまとめにした雑誌を、自分たちで創ればいいじゃないか、と思ったのがそもそものきっかけ。そして、映画だけでなく、演劇や音楽など、エンタテインメントの情報を集めた雑誌を創ろうじゃないかというのが、『ぴあ』の始まりだったんです。サンプルを作ってみて、周りの仲間たちに見せたら、「100円なら買ってもいいよ」と言ってくれた。それで、「これはいけるんじゃないか」と思い、『ぴあ』を創刊することにしました。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―『ぴあ』を創刊した時から、ビジネスとしてやっていけると確信していたんですか？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox_right clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>矢内：</strong>いや、最初は確信が持てませんでした。「これでビジネスとしてやっていける｣と強く感じたのは、3号目の部数が、創刊号の部数を上回ったとき。創刊号から2号目に移るときには、通常、部数は減りますから、3号目が雑誌の実力をはかる指標になると言われています。そして、3号目からは、前号より部数が減ることはありませんでした。『ぴあ』を置いてくれる本屋さんは、創刊時には89店しかなかったのですが、そこからみんなで一軒一軒まわって増やしていきました。すると、取り扱いの本屋さんが増えれば増えるほど、『ぴあ』の部数が飛躍的に伸びていったんです。それで確信したんです。「『ぴあ』には商品力があるんだな」と。「ビジネスとして、ちゃんとした形が作れるな」と。</div>
	<div class="gra">
		<img height="200" src="/img/pia-1b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信15号（2005年10月号）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>

<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―学生時代に起業したメリットってありますか?</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>矢内：</strong>メリット?うーん、特にないですね(笑)。デメリットのほうが大きいんじゃないですか。なにより学生だったので、社会的信用がまったく無かった。雑誌を創ったのはいいが、本屋に置いてもらうことができない。直接頼みに行っても、社会的信用が無いので、まったくとりあってもらえない。でも、失うものは何もなかった。恐れることは何もない。やろうと思ったことを、ただガムシャラにやるだけだったんです。そういう意味でメリットは、「学生なら失うものは何もない」ということかもしれないですね。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―今までで、大きな失敗は経験しましたか?</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>矢内：</strong>失敗は数多くやってきましたが、致命的な失敗は無いですね。つまり失敗は誰が決めるかということですよ。他人に言われて、失敗だと決まるものではない。本人が失敗と思った瞬間に失敗になるんです。逆に本人が失敗だと思わなければ、それは失敗ではなく「成功への道のり」なんです。だから、物事の捉えかた一つですよね。あきらめない心、前向きな気持ちというのが大事なんです。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―矢内さんの「座右の銘」を教えてください。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>矢内：</strong>「初心」ですね。初めのときに思っていた気持ちを、忘れないことが大切。現実にとらわれると、初めの気持ちを忘れてしまう。そもそも何をしようとしていたかの原点は、初心にあるんです。私の初心は、学生時代から思っていた「自分がこうしたいと思うように生きていきたい」ということですね。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―今後のビジョンを教えてください。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>矢内：</strong>一言で言うと、「感動のライフライン」です。私たちはいま、「感動のライフライン」の構築というビジョンのもとにビジネスを組み立てています。20世紀のライフラインといえば、電気、ガス、水道といった生命維持のためのものでした。20世紀まではモノを中心に回っていましたが、21世紀は心の時代です。だから、これからのライフラインは、人々の心の豊かさをサポートし、毎日の暮らしを生き生きと、感動的なものにするものでなければならない。それが、ぴあの夢であり、使命であると考えています。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―起業したいという学生にメッセージをください。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox_right clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>矢内：</strong>なにも起業家だけが偉いというわけではありません。なによりも自分で自分の生き方を創っていくということが大切。他人が作ったレールに乗っかるのではなくて、自分の力で切り開いていくこと。他人と同じである必要は無いんです。自分の人生を充実したものにしたいなら、どういう生き方をするかをまずは真剣に考える。起業家というのはその中の一つの生き方だと思います。起業したいのなら、「やればいいじゃない」と思います(笑)。特にこれをしておいた方がいいなんてことはありませんよ。準備運動なんて必要ないんです。まずは、自分で転げ回って、のたうち回るしかない。起業して成功するためのノウハウが、そこらへんのコンビニで売ってるわけじゃありませんからね。だから、この『ベンチャー通信』も読む必要なんてないんですよ(笑)。本を読んだら、何かが分かるなんてウソ。まずは動いてみて、その体験を通して学ぶ。実際にやってみないと何も学べないんです。起業したいなら、まずは動けと言いたいですね。頑張ってください。</div>
<div class="gra">
	<img height="270" src="/img/pia-2b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
    </content>
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<entry>
    <title>いま日本に必要なのは、起業家型の創造的人材 - ベンチャー通信　プロフェッショナルを探す</title>
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    <published>2010-06-22T08:41:42Z</published>
    <updated>2010-06-25T08:23:01Z</updated>

    <summary></summary>
    <author>
        <name>経営通信Web</name>
        <uri>http://k-tsushin.jp/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.v-tsushin.jp/search/">
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信第21号（2006年11月）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―まず藤原さんが考える&ldquo;起業家&rdquo;って何ですか？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>藤原：</strong>起業家とは、世の中に新しい価値を生み出す人のことだと思います。でも、今までにないような価値を生み出す人は、起業家でも1％くらいじゃないでしょうか。たいていは、既存のものを改良したり代替したりして、起業するんだと思います。また、その新しい価値を世の中に波及させるのに、会社経営という手法を使う人を、世の中では&ldquo;起業家&rdquo;と呼んでいますよね。でも僕は、会社経営する起業家だけが、&ldquo;起業家&rdquo;とは思っていません。業を起こすということなんだから、別に会社法人でなくても、NPO法人や学校法人でも構わない。特に日本では、NPOや学校などのノンプロフィット（非営利）の現場に優秀なマネジメント層が不足しています。欧米では、ビジネスの最前線でバリバリ仕事していた人が、※ソーシャルアントレプレナーとして、ノンプロフィット分野で活躍する例も多い。日本もそうなるべきでしょう。学校の校長なんかも、民間から優秀なマネジメントをスカウトするべきだと思いますね。でないと、国民の税金がとても非効率に使われることになる。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―藤原さんは、会社経営をする起業家タイプですか？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>藤原：</strong>僕は会社経営をする起業家タイプではありませんね。会社は利益追求が至上命令なので、経営者には、お金に対する執着心が必要です。僕はリクルートで働いていた時に、創業者の江副浩正さんを間近で見て、自分とは全くタイプが違うなと痛感した。もともと父も公務員だったので、僕はそんなにお金に執着できないんですよ。でも、世の中に新しい価値を波及させたいという強い気持ちはあった。それが、いまのような公立の中学校長という立場での教育改革につながっているんだと思います。今後日本でも、僕のようにビジネスの世界でマネジメントを経験した人材が、もっとたくさん公立小中学校の校長になり、教育現場を変えていってほしいと願っています。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―起業家タイプというのは、具体的にはどんな人材ですか？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>藤原：</strong>それは「情報編集力」に優れている人材でしょう。「情報編集力」とは、例えばおもちゃのレゴを組み合わせる力みたいなものです。自らの想像力を頼りにブロックを自由に組み合わせて、街や宇宙船を創りだす。これは起業家だけに限らず、だれにでも、日本のような&ldquo;成熟&rdquo;社会で必要となってくる能力でもあります。日本のような２０世紀の&ldquo;成長&rdquo;社会では、あらかじめ全体の図を決められた上で、動いていればよかった。つまり、そこでは「情報処理力」が求められた。たとえばそれはジグソーパズルを少しでも早く完成させる力のようなもの。日本の受験教育も、この「情報処理力」を鍛えるためのものでした。とりあえず知識の詰め込み教育をして、テストをやって、たった一つの正解に少しでも早くたどりついた人が優秀とされた。</div>
</div>
<div class="detailbox_right clearfix">
	<div class="sent">
		　ところが、現代の日本は&ldquo;成熟&rdquo;社会になり、加えてグローバル化と少子高齢化の波も起こり、価値観が多様化してきています。昔のような画一的な価値観を追い求めるような状況ではなくなってきた。こういう社会では、たった一つの正解なんてない。常に試行錯誤を繰り返しながら、自分独自の解を見つけ出さなければいけない。ここで必要となってくるのが、先ほど言った「情報編集力」なんです。試行錯誤を繰り返しながら、常に自分の頭でモノを考えて納得できる解を出していく。こういう能力が必要なんです。これは詰め込み型の受験教育だけでは養えない種類のものですね。もちろん「情報処理力」を鍛えれば、少なくとも頭の回転は速くなる。でも、新しい価値を生み出す起業家には、頭の回転の速さだけでなく、頭のやわらかさも同時に求められる。つまり発想力が欠かせない。だから、これからの教育は起業家型の人材を育成する意味でも、今までの&ldquo;正解主義&rdquo;偏重の教育から脱皮して、「情報編集力」も一緒に鍛える教育に変わっていかなければいけない。</div>
	<div class="gra">
		<img height="270" src="/img/wadachu-1b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信第21号（2006年11月）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―&ldquo;正解主義&rdquo;教育とは？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>藤原：</strong>日本が戦後から今まで行ってきた教育です。子供たちに解かせる問題の正解が、たった一つしかない。正解主義の中では、独創的な発想は潰されてしまう。つまり、不正解とみなされてしまうんです。起業家、特に、まったく新しい価値を世の中に創造するような起業家は、一種の狂気のようなものを常に持っている。悪い意味ではなく、半分狂っている面がある。いつの時代も、そういう狂気が新しい世の中を創り出すでしょう。でも、こういった人材は、正解主義の教育の中では、落ちこぼれとみなされてしまう。そこが問題です。また、日本では成功者を妬む風潮もある。そこも変えないといけない。もちろん起業家自身も孤立を恐れてはいけない。社会から一時的に非難されようが否定されようが、自分の信じる道を愚直に進み続けるしかない。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―なるほど。これからの時代には、起業家型の創造的人材が、ますます必要になってくると。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox_right clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>藤原：</strong>そう。しかし、起業家型の人材といっても、なにもベンチャーとか起業家とか、そんなおおげさなものでなくてもいい。自営業という言い方でいいと思います。すでに欧米ではセルフエンプロイドと呼ばれて、一人自営業者が社会の中で活躍しています。これからの日本経済は、どんどん二極化していくと思います。一方は大型化総合化していく。つまり一つの業界を圧倒的なNo1.企業と、その他2、3社が寡占する。そしてもう一方で、小型化特化していく。地域に根ざしたり、ニッチな専門分野に特化したり。そういう流れになってくる。これが成熟化した社会の未来像です。この中で、大型化総合化の波は、すでに外資の参入などで始まってきています。業界内でM＆A（企業の合併・買収）が盛んに行われ、将来は日本の大企業の半分以上が外資系になるでしょう。 そして、小型化特化していく方面で活躍するのが、自営業者です。大企業の下請けではなく、個人の力で稼ぐ。そんなかっこいい自営業者がどんどん日本にも出てくるはず。また自営業者から、会社経営をする起業家に成長する可能性もありますよね。</div>
	<div class="gra">
		<img height="270" src="/img/wadachu-2b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―話は変わりますが、なぜ藤原さんは新卒でリクルートに入社したんですか？東大経済学部なら官僚になる道などもあります。迷いはなかった？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>藤原：</strong>リクルートに入社したのは、僕が無謀だったから（笑）。でも、リクルートに入社して、僕は運が良かった。当時のリクルートの年商が150億円ほど、社員500名程度の中堅会社。まさかその当時、今のように利益1000億円以上を稼ぎ出す情報産業の雄になるなんて誰も思っていなかった。だから、僕は非常に運が良かったと思う。そういうダイヤモンドの原石のような会社に新卒で入社できて。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―リクルートを選んだのは、なにか直感めいたものがあったからですか？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>藤原：</strong>そうですね。一言で言うと、&ldquo;におい&rdquo;ですかね。リクルートには、何か引きつけられる&ldquo;におい&rdquo;があったんです。僕の遺伝子に合うというか（笑）。これはもう言葉ではうまく説明できないんですが。その&ldquo;におい&rdquo;は、企業だけでなく人にもあるもの。ありますよね？ちょっとこの人とはDNA的に合わないとか（笑）。就職先の企業を選ぶというのは、ある意味で結婚と似ていると思います。だから、これから就職活動をする人がいれば、頭で考えるだけでなく、そういう&ldquo;におい&rdquo;のようなものにも注意すればいいと思います。なるべく多くのOB訪問をして、会社訪問も何度もしてみる。そうやって自分の持っている&ldquo;におい&rdquo;に近いかどうか確かめてみるしかないでしょう。</div>
</div>
<p>※ソーシャルアントレプレナー（社会起業家）:従来の経済・社会システムにとらわれず、その情熱と志とを持って、より良い社会変革のために、ビジネスのスキルを用いて活動する社会起業家のこと。その活動分野は様々で、介護や環境問題、貧困、教育、医療などが挙げられる。ボランティアでもなく、利益だけを求めるのでもない。社会貢献とビジネスとを両立させるそのスタイルは、地球環境問題や貧困など、問題が複雑化する今日において非常に注目されている働き方である。
</p>
<!--// * detaibox * -->]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>自分を信じて、自分を疑え - ベンチャー通信　プロフェッショナルを探す</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.v-tsushin.jp/search/details/000166/" />
    <id>tag:www.v-tsushin.jp,2010:/search//10.166</id>

    <published>2010-06-22T02:19:16Z</published>
    <updated>2010-04-13T00:48:42Z</updated>

    <summary>
	～経営の原理原則を貫き、長崎県佐世保で年商1000億円を達成～
	
</summary>
    <author>
        <name>経営通信Web</name>
        <uri>http://k-tsushin.jp/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.v-tsushin.jp/search/">
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信36号（2008年12月号）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―小さな町のカメラ店から始まり、ラジオショッピング、テレビショッピングに進出し、今では全国的に名前が知られる企業になりました。髙田さん自身、成長の秘訣は何だと思いますか？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent"><strong>髙田：</strong>日々の地道な積み重ねだと思います。今まで私は自分が置かれている立場で精一杯の努力をしてきました。その繰り返しで企業も成長してきました。私はベンチャー企業には2つの種類があると思います。1つ目が、テクノロジーなどを軸として一つのものを徹底的に極めて起業するタイプ。これはシリコンバレーのITベンチャーに多いと思います。グーグルやマイクロソフトなどが、それに当たります。独創的な技術やビジネスモデルで一気に成長するベンチャー企業ですね。<br />
		<br />
		　2つ目が、与えられた課題を一つ一つ解決して、地道に成長するベンチャーのタイプ。これはすでに世の中にあるビジネスモデルをベースに起業するタイプです。私の場合は、この2つ目に当たります。ですので、そんなに華々しく起業して成長してきたわけではありません。</div>
</div>
<!--// * detaibox_right * --><!--// * detaibox_left * --><h3 class="com_detail_a">
	<strong>―地道に改善を積み重ねて成長してきたと。</strong></h3>
<!-- * detaibox * //--><div class="detailbox_right clearfix">
	<div class="sent"><strong>髙田：</strong>そうですね。また、私は社外には売上目標を掲げてきませんでした。それは会社経営は売上数字の目標から入ってしまうと、事業の本質を見失うと思ったからです。社内的に目標を伝えたのも、今年（2008年）が初めてです。いろいろな考え方があると思いますが、私自身、事業の本質とはあくまでお客さま満足度を愚直に向上させることだと思っています。それが本質であり、売上数字はあくまで結果だと考えているんです。だから、結果にばかり目がいくと、そもそもの目的がブレてしまう。つまり、売上数字に事業自体が翻弄されてしまうんです。常にお客さまの目線に立つこと。これが経営するうえで一番大事だと考えています。</div>
	<div class="gra">
		<img height="184" src="/img/japanet01b.jpg" width="285" /></div>
</div>
<!--// * detaibox_right * --><!--// * detaibox_left * --><h3 class="com_detail_a">
	<strong>―IPO（株式上場）は考えていないんですか？</strong></h3>
<!-- * detaibox * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent"><strong>髙田：</strong>今のところIPOは考えていませんね。当然ですが、IPOすれば、経営者は株主のことを考えなくてはいけません。また、たとえば自分が3年かけて成し遂げようとしていることでも、株主が1年でやるべきと言えば、それに従わざる得なくなる。そうすれば時として、自分の信念も変えなくてはいけない。そして、そうやって無理を重ねると、いつかその無理がお客さまや社員にまで及ぶことにもなりかねません。そもそも私はお客さま目線に立った経営をしていきたいんです。だからIPOは考えていません。<br />
		<br />
		　また私は個人も企業も自分に合ったスピードで成長することが大事だと思っています。誰よりも速く成長することよりも、その人やその会社が今よりも成長したい気持ちを持ち続けることこそ大事だと思うんです。</div>
</div>
<!--// * detaibox_right * --><!--// * detaibox_left * --><h3 class="com_detail_a">
	<strong>―愚直に目の前の課題を解決し続けてきて、今では売上1000億円超です。凄いですね。</strong></h3>
<!-- * detaibox * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent"><strong>髙田：</strong>ありがとうございます。しかし、私自身はそんなに凄いとは思っていません。少し淡々とし過ぎているかもしれませんが、私自身は「日々の積み重ねで、結果そうなっただけ」と思っています。売上1000億円といっても、正直ピンと来ないですね（笑）。社員が300名を超えても、社員との接し方は昔と何ら変わりません。よく家内からも、「あなたは優越感とか劣等感が無い人ですね」と言われます。たぶん、そうなのだと思います。あまり他人と競争したり、他人と比べたりしない性格なので。会社の規模が変わっても、20代でも60代でも、やらなければいけないことは変わりません。地道にお客さま満足度を向上させるだけです。</div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信36号（2008年12月号）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―髙田さんが考える"経営者に必要な資質"を教えてください。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent"><strong>髙田：</strong>まず右脳（感性）と左脳（理性）で言うと、どちらも大事だと思います。右脳は直感で物事を捉え、左脳は論理的に物事を捉えます。この両方がないと経営者は駄目です。理性ばかりで経営しては、いずれ会社は行き詰る。経営には感性が必要です。99％は理性的に経営を考えても、最後の1％に感性が必要なんです。
</div>
</div>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox_left clearfix">
	<div class="sent">　　また、経営者に大事なのは"継続する力"です。必死に頑張るのは誰でもできます。しかも経営者なら頑張るのは当たり前です。大事なのは、どこまで粘り強く続けられるかです。継続にこそ意義があります。途中であきらめてはいけません。真の経営者は、常に満足することなく、改善を積み重ねながら自分に挑み続けるものです。私は企業の最終的な価値とは継続することだと考えています。50年、100年続いている企業こそ偉大だと思います。当社も100年後にも残っている会社でありたいと常々思っています。<br /><br />　そして、経営者は"他責にしないこと"です。現在、アメリカに端を発した金融危機で世界経済は厳しいですが、自社の経営難をそのせいにしてはいけません。金融危機なんて、一個人にはどうにもできないことです。だから、この状況は受け入れるしかない。真の経営者とは、置かれた環境を受け入れたうえで、どこまで自分の信念を貫いて、七転び八起きの精神で継続できるかです。強い精神力が必要になります。<br /><br />　あと大事なのは"伝える力"ですね。自分の感動を人に伝え、共有させることができるか。たとえば映画を観て感動して、その感動を人に話して伝えられるか。うまく話すのとは違います。感動を伝えられる力があるかどうかです。感動の共有ができるか。これは自社の経営理念を社員と共有できるかと同じなんです。この力がなければ、経営者の想いを社員と共有することはできません。
</div>
	<div class="gra">
		<img height="390" src="/img/japanet02b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<!--// * detaibox_right * --><!--// * detaibox_left * --><h3 class="com_detail_a">
	<strong>―数年前、ライブドア事件や村上ファンド事件が起こり、ベンチャー業界で不祥事が続きました。これについて髙田さんはどう思いますか？</strong></h3>
<!-- * detaibox * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent"><strong>髙田：</strong>一概に、良い、悪いという話ではないと思います。経営者にはそれぞれ経営に対する考え方があります。これは経営者の生き方の問題でもあります。その中で、売上や時価総額を追求する考え方もあるわけです。
　松下幸之助氏は「企業は社会の公器である」と言っています。私もその考え方に非常に共感します。要は経営に対する考え方の違いだと思います。

</div>
</div>

<!--// * detaibox * -->]]>
    </content>
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    <title>我は我なり - ベンチャー通信　プロフェッショナルを探す</title>
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    <published>2010-05-24T03:13:25Z</published>
    <updated>2010-06-25T08:23:22Z</updated>

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        <name>経営通信Web</name>
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    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.v-tsushin.jp/search/">
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信6号（2002年10月号）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―小さい頃はどのようなお子さんでしたか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>松井：</strong>ごく普通の子供でしたよ。どちらかというとそれほど目立つタイプではありませんでした。絵はすごく好きだったので、小さい頃からずっと書いていましたね。当時は、風呂屋の看板描きになりたかったんですよ。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―高校時代はどのように過ごされていたのですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>松井：</strong>私が高校1年のときに、高校紛争というものが起こりました。私が通っていた竹早高校が全国の高校紛争の口火を切ったのです。それで学校はロックアウトになりました。つまり、学校に行く必要がなくなったのです。朝には建前だけの集会がありましたが、午後からは全くの自由。しかし、その集会にもほとんど行っていませんでした。映画が好きだった私は、新宿の名画座で3本立てを見たり、オールナイトにも何度も行ったりしていました。ひどい日には、3本立てを一日３ローテーション、朝から夜の9時ごろまで見ていましたね（笑）。また、友人と喫茶店で、一日中雑談をすることもありました。そのような状況だったので、卒業式もたったの3分間しかありませんでした。国家も校歌ももちろんなく、「卒業おめでとう、解散！」で終わりです（笑）。嘘のようですが、本当の話なのですよ。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―そのあと、一橋大学に進学されたそうですね。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>松井：</strong>高校時代に全く勉強をしなかったせいで、一浪することになりました。大学時代、私は大学の近くにある寮に住んでいました。ですから、パジャマで大学に行っていた時期もありましたね（笑）。大学にはほとんど行かない不真面目な学生で、寮などで友人と麻雀を打ったりしていました。高校時代の怠惰な生活が復活したという感じです。将来は外交官になりたいと思っていましたが、その夢も入学してからすぐに消えましたね。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―もし今、松井社長が大学に戻れるとしたら、どんなことをしたいと思いますか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>松井：</strong>哲学を勉強したいですね。実は今、マックスウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を読んでいます。学生時代に読んだときは全く面白くなかったのですが、今読むとこれほど面白い本はないと思います。また、経済学もきちんと系統立てて勉強しておけばよかったなと今になって思いますね。こういう勉強も含めて、大学生の4年間の間は、ものごとを考えるきっかけを作ることが本当に重要だと思います。すごく難しい本は学生時代にしか読む機会がないじゃないですか。でも、それをやった人間とそうでない人間とでは、後になって格段の差が出てきます。例えば、ニューズウィークの英語版を読むときに、私は見開きで1時間くらいかかります。でも、きちんと勉強をしていたら20分で読めるのですよ。そうなると全然違ってきますよね。もし学生時代にきちんと勉強しなければ、私みたいにズルズルと惰性の生活になってしまいますよ（笑）。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―今、将来のことについて悩んでいる学生が非常に多いのですが、どのようすればよいと思われますか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>松井：</strong>大学生というたった4年間で将来の自分を見極めることができる人は、非常に幸運だと思います。学生時代の短い期間で将来をすべて決めようとしても、それは無理です。まずは、すぐにはわからないということを認識するべきですね。しかし、50歳になっても60歳になってもわからないというのも不幸ですよね。ですから、35歳を目処に何かを見つけるのがいいのではないでしょうか。22歳前後で社会に出れば、35歳まで13年間あるわけです。その時期を目標にして、それまでに自分の適職というのを探すことが一番の近道だと思います。いったん「これだ」というものを決め、それをやりながら、35歳まで考えつづけるのです。22歳で最終目標を見つけるなんて無理ですよ。一番ダメなのは失敗を恐れて何もしない人です。自分が35歳になったときに、リーダーになって何かやってやるのだという気持ちをずっと持ちつづければ、13年後には大きな違いとして表れてくると思いますよ。</div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
        <![CDATA[<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―これから就職活動をする学生に何かアドバイスを頂けますか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>松井：</strong>いいとこ取りをしなさい、と言いたいです。今までのようにいっせいに22歳で就職をするという時代はもう終わりましたからね。例えば、アメリカではIBMに入っても何の評価もされません。IBMのどこのポストに入ったのかということが重要なのです。日本でも、これからはそういう時代になると思います。なにも、大企業に入っても意味がないといっているのではありませんよ。大企業には優秀な人がたくさんいるし、留学や海外研修等の制度が整っているところが多いですから、。そういったものを大いに利用しなさいと言っているのです。 今私は、一律初任給制を廃止しようという提言をしています。当たり前のことですよね。アメリカで言えば、ハーバード大学を卒業した人は初任給30万円からスタートします。また、ある人は50万円からだし、15万円の人もいます。それは今までのその人の努力を買って、成績がよいならばそれを認めようじゃないかということです。もちろん、実際に30万円で雇っても、仕事の能力がなければもちろん即解雇です。その方が人間的で公平でしょう。アメリカはそういう社会なんです。では日本の場合はどうでしょうか。要するに、入社したら大学のことは忘れましょう、という感じです。冗談じゃないですよね。ですから、将来的には、たとえ同じ大企業に入ったとしても、幹部候補生として初任給50万円からスタートする人と、初任給15万円からスタートする人が出て来てくるのです。両者には天と地ほどの差が出ます。そういう時代が、近い将来必ずきますよ。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―今、起業したい若者についてはどのように思われますか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>松井：</strong>私に言わせれば、学生や卒業したてで起業したいなどという人には、クソして寝てろと言いたいです。起業なんてそんな簡単にできるわけありませんよ。しかし、一概に全てがダメだと言うわけではありません。若い人のほうが素晴らしいアイデアを発想することができたり、最新の技術を吸収するのが早いですからね。しかし、そのようなアイデアや技術がある人はわずか一握りの人間の話であって、やはりそれなりの経験を積んで、35歳頃に起業すればいいのではないかと思います。決して、起業するなと言っているのではありません。ただ、すぐに起業するよりも、それまでに何回も失敗をして経験値を高めていくことの方が、はるかに重要なのではないかと私は思うのです。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―日本人は、自己主張が苦手な人種だと言われてきましたが、そのことについてはどう思われますか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>松井：</strong>これからは、主張する人でなければ「個」が埋没してしまう時代がやってきます。自分は他の人とここが違うのだということを誰もがアピールできなければならなりません。あの人じゃなければこの発想はできないなとか、この人の知識には誰もかなわないとかそういったことが、大きな価値を持つようになり、結果として他の人との差別化がはかれるのです。単純に成績が良い悪いでは比較できないのです。経営者や企業の立場から見れば、体力だけで考える頭のないひと昔前の体育会系的人間は、もはや必要ありません。そんなことは機械に任せればいいのです。一番必要なのは、「我は我なり」と言えるような、しっかりとした自分の考えをもっている人間です。つまり、自分で主張し、責任を持って仕事をやり遂げる人です。もちろん、主張する以上は、周りの人間を納得させるだけの根拠を持っていないとダメですよ。その力は一朝一夕には身につきません。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―周囲の人たちを巻き込む力を身につけるにあたって、どのような努力をすればいいとお考えですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>松井：</strong>視点の持ち方を常に意識し、「考える」ことが大切です。相手を説得するためには、難しい事柄をできる限り平易な言葉で、噛み砕いて説明する力が必要なのです。これは一見簡単なようですが、本当に難しいですよ。そのためには、プライオリティ（優先順位）を明確にして、無駄なものを切り捨てていくという作業ができなければいけません。ですから、常に何が本質なのか、何が一番大切なのかということを考え続けることが重要なのです。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―最後に起業したい若者に向けて、メッセージをお願いします。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>松井：</strong>これからの時代はデジタルではなく、逆にアナログがものすごく重要になってきます。とは言っても、デジタルを否定しているわけではありませんよ。つまり、デジタルに変わるべきアナログはどんどんデジタル化すべきだしそうなると考えます。そして、その余力をアナログに注ぐべきだと思います。人間はやはりアナログな生き物ですからね。私は、そのデジタルに置きかえられないアナログ的な感性こそ素晴らしいのだと思います。21世紀はアナログにこそ中心を置くべきなのではないでしょうか。そして、若い皆さんには、そのアナログの感性を研ぎ澄まして欲しいと思います。例えば、インドへ行けば、道端で人が死んでいるわけですよ。感受性の強い時なら、その情景からいろいろな刺激が入ってくるはずです。そういう刺激を受けることで、人間の感性は研ぎ澄まされるのです。さらに重要なのは歴史です。歴史は、人間が行動する上で最大の教科書となります。皆さんにはこれをぜひ学んで欲しいと思います。歴史というのは人類が今までとってきた行動の集積ですから、そこから学べることは非常に大きいです。それを自分なりに分析して、将来の行動指針としてもらいたいですね。そして、人間の行動とはそれほど単純ではないな、もっと複雑な理由があるのだなということが分かる人になってもらいたいです。そうすると、ものを見るときの視点が変わってきますよね。また、経営者として一番大事なことは、思い込みと開き直りです。思い込みがなければ何も行動はできません。しかし、自分を信じて行動した結果、もし間違えたとしたら、もちろんその責任はとらなければいけません。その自分の思い込みに従って行動するためには、皆さんはしがらみのない、自由な立場にいなければなりません。そうはいっても、どんな人にもしがらみはあるのですが、これをしたらあいつの顔がつぶれるなどと言っていては、経営者として判断できません。だから、「自由は死を持って守るべし」です。自由を持たない人間は奴隷と同じですからね。こういうことを覚悟しておかないと経営者というのは務まらないと思います。厳しいかもしれないですが、真剣に努力した結果得られるものはとても大きいと思いますよ。皆さん、頑張ってください。</div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
    </content>
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    <title>正々堂々と挑戦しろ - ベンチャー通信　プロフェッショナルを探す</title>
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    <published>2010-05-06T09:36:34Z</published>
    <updated>2010-06-25T08:08:35Z</updated>

    <summary></summary>
    <author>
        <name>経営通信Web</name>
        <uri>http://k-tsushin.jp/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.v-tsushin.jp/search/">
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信第5号（2002年7月）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―小さい頃の南部さんは、どんな少年でしたか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>南部：</strong>私はもともと神戸の生まれで、男ばかりの3人兄弟の末っ子として育ちました。また小学校6年生の時に、父親の勧めで、近所にあったお寺の私塾に通うことになりました。通照院という名のお寺で、そこでたくさんのことを学びました。朝5時半に起きて、庭掃除や写経などをしてから、学校に行きました。つまりお寺の書生として、和尚さんから人間としての生き方を教わったんです。学校教育では主に知識を学ぶじゃないですか。そのお寺で私が学んだのは、知恵なんです。いつもにこにこ明るく、爽やかに。そうすれば周りにいる多くの人が幸せになる。またいつも感謝感激を忘れないこと。そういう教えは、ベンチャーを起こす時にも非常に役立ちました。ベンチャーというのは、知識などの知力だけでは成り立ちません。対面能力などの人間力がとても必要です。そういった人間力を、お寺で学びました。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―お寺の教えによって、どのような考えを持つようになったのですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>南部：</strong>私がお寺でいちばん学んだことといえば、それは&ldquo;価値の多様性&rdquo;ということです。算数で100点を取るのも、100メートルで一番を取るのも同じだけ価値のあることだと。偏差値だけで子供を評価してはいけないということを教えてくれたんです。だから私は学問ができなくても、全く落ち込みませんでした。自分には学問以外に優れている面が必ずあると信じていたからです。そのおかげで私はいつも元気でしたし、いつもすごく自信を持っていました。リーダーの条件として、自分に自信を持っているというのは、とても大事なことです。リーダーは活力のある人でないと務まりません。その活力とは、自分に自信を持ってないと出てこないものです。自分に自信を持っていなければ、エネルギーも生まれてこないし、人を引っ張っていく力も湧いてきません。 　私は小さい頃に&ldquo;価値の多様性&rdquo;を学んでいたので、勉強が少々できなくても、全然自信をなくさなかった。だから、私がベンチャーを起こそうと考えたのも、&ldquo;価値の多様性&rdquo;を早くから認識していたおかげだと思います。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―そのお寺の影響で、大学時代に塾を始めたのですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>南部：</strong>そうです。自分が小さい頃にお寺で教えてもらったことを、今度は自分が子供達に教えたいと思ったんです。勉強中心ではなくて、感性を豊かにする教育をしたかった。そこで大阪の千里ニュータウンにあるマンション群の集会所を借りて、塾を開きました。塾は当初10名くらいの生徒しかいませんでしたが、口コミでその人気が徐々に広がって、1年後には400人もの生徒が集まりました。もちろん勉強も教えましたが、中心は情操教育ですから、土日にみんなでお寺に行ったり、夏休みなどの長期の休みには信州辺りまで遠出して自然に親しみました。子供達の感性を伸ばすことができる教育をこころがけました。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―話は変わりますが、両親はなにをなさっていたのですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>南部：</strong>私の父は化学系の会社を経営していました。接着剤や漂白剤の工場をいくつか所有していたんです。父がサラリーマンではなかったので、私が起業する時は応援してくれました。やはりファミリーの個性は重要だと思います。もし父がお堅い職業に就いていたら、起業に関してはあまり賛成しなかったと思います。新しいことに挑戦することには、非常に寛容な父でした。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―小さい頃の家庭の教育で印象に残っていることはありますか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>南部：</strong>小学校3年生の頃、算数の点数がたまたま良かったときがありました。家に帰ると、母は非常に誉めてくれた。そして私は夜遅くに父が帰って来るのを待ちわびて、帰るやいなや、「算数の点数が良かった。誰々くんに勝った、負けた」と言ったんです。そうしたら、父は怒ったんですね。「人と比べて勝った負けたとは何事か！」と。</div>
</div>
<div class="detailbox_left clearfix">
	<div class="sent">
		　「たとえ80点をとれたとしても、前のテストが90点ならば、前回よりも下がったんだから、次は頑張れ。たとえ30点だとしても、その前のテストが20点なら、10点上がったんだから素直に喜べ」。父はこう私に言ったんです。つまり人と比べて勝った負けたというのは非常にばかげていることで、勝てば天狗になるし、負ければ妬みやっかみが生まれる。人間にとっていちばん醜いのは、妬みやっかみであると教えてくれました。そういった父の教育のおかげで、私は小さい頃から&ldquo;人の才能は様々だから、どんな人にも素晴らしいところは必ずある&rdquo;と考えるようになったんです。勉強ができるだけが能ではない。人柄がいいということや、ピアノがうまい。そんなふうに色々な価値観で物事をみていかないといけない。そういった父からの影響は、とても大きかったと思います。</div>
	<div class="gra">
		<img height="230" src="/img/pasona-1b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信第5号（2002年7月）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―人と比べるのではなく、自分の中での絶対的な評価が重要だということですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>南部：</strong>そうです。いまの教育は偏差値教育だから、人と比べてなんぼ。でもそんな教育で育つ子供には、真の創造性や主体性は身につきません。高校2年生のときには、こんなこともありました。ある時、数学のテストの出来が悪かった。そこで私はとても恥じたんですね。なんでこんな簡単な問題もできなかったんだろうと。でも、私の父は言いました。「なにを恥じることがあるか。恥じるのは、人に迷惑をかけた時だ。テストの出来が悪いのは、自分の問題だ。別に人に迷惑をかけたわけではないんだから、恥じる必要などない」。この父の言葉も非常に印象的でした。やはり教育の影響は大きいですよ。子供の創造性や主体性を伸ばすも殺すも教育次第です。私は絵が好きだから、小さい頃には絵を描きによく遠出しました。淡路島や姫路城、京都まで友達と出かけて、絵を描きに行きました。そして夜遅くに帰ってくるわけですよ。そしたら、一緒に行った友達はみんな親に怒られていましたからね。「こんなに遅くまでなにしているの。また南部くんでしょ。南部くんと遊ぶ暇があったら、勉強しなさい」ってね（笑）。でもうちの家は違いました。家に帰ると、私の家族は私が描いた絵をお金を出して買ってくれたんです。両親や祖母が自分の絵を買ってくれた。私はそれが非常に嬉しくて、そのお金で絵の具を買ったり、キャンバスを買ったりしました。だから、そんな家庭で育った私は非常に幸せだった。勉強だけが全てではない。ひとりひとりの個性が大切なんだ。自分の適性を見極めて、自立していかなけてはいけない。小さいながらも、私はそういうことを学んだんです。これは起業家にとって、とても大切な考え方だと思います。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―尊敬する起業家はいますか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>南部：</strong>それはウォルト・ディズニーです。ディズニーは、夢を与えるビジネスです。大人にも子供にも、素晴らしい夢を与えている。私もそんな起業家になりたい。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―最後に起業家を目指す学生になにかメッセージを下さい。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox_right clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>南部：</strong>私の好きな言葉に、「正々の旗。堂々の陣」というのがあります。これは、大義名分という正しい御旗があれば、堂々とした社員の陣容が組めるということです。大義名分とは、社会に対する使命感や志のことです。そういうものを、しっかりと持つことができれば、自然と人は集まってきます。「儲かりまっせ」とか、「自分が豪邸を建てたい」みたいなことしか考えてないと、誰も協力してくれません。反対に社長というのは、グッと我慢しなければいけない。豪邸を建てるのも悪いことではありませんが、それよりも大事なのは世の中のために頑張ろうという使命感です。みなさんも使命感を持って、正々堂々と挑戦してください。応援していますよ。しっかり頑張ってください！</div>
<div class="gra">
		<img height="200" src="/img/pasona-2b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>幕末の関西商人 - ベンチャー通信　プロフェッショナルを探す</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.v-tsushin.jp/search/details/000243/" />
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    <published>2010-05-06T09:15:36Z</published>
    <updated>2010-06-25T08:01:36Z</updated>

    <summary></summary>
    <author>
        <name>経営通信Web</name>
        <uri>http://k-tsushin.jp/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.v-tsushin.jp/search/">
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信4号（2002年3月号）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―小さい頃の堀社長は、どういった家庭環境で育ったのですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>堀：</strong>うちの家庭はとても厳しかったです。「世の中は自分の思い通りにはならない」ということを、両親から徹底的に教え込まれました。何かしたいと言っても、両親は絶対にそれを許してくれなかった。そんな抑圧的な生活によって、私の中に反骨精神が芽生えました。つまり成長していくにつれ、抑圧への反発が芽生えたんです。だから私は学校や親の庇護からできるだけ早く卒業したかった。あらゆる束縛から解放されたかったんです。また私の親戚は独立精神の強い人達ばかりだったので、商売人の心構えなどを早い時期から刷り込まれましたね。例えば、「働く」とは「傍を楽にする」から「働く」なのだとか、「商い」とは「飽きずにやる」から「商い」なのだ。そういった商売の本質的なことを教えられました。こういった哲学的なことは幼いうちは全く理解できませんでしたが、今になって、なるほどと思うことがたくさんありますね。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―小さい頃の家庭環境が、今の堀社長の原点なのですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>堀：</strong>原点だと思います。徹底した反骨精神や、他人とのネゴシエーション（交渉術）、商いの原理原則など。小さい頃に多くのことを学びました。昔から反骨精神は持っていて、自分の信念だけは何があっても曲げませんでしたね。そのせいで高校時代もよく学校の先生と衝突していました。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―大学時代は、どんなことをしていたのですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>堀：</strong>まず大学に入学して、初めて買った本が『100万円で始める個人輸入』という本です（笑）。私はどうしても商売をしたかった。日頃から両親に抑圧されていたので、商売で成功して独り立ちして、見返してやろうと考えたのです。だから四六時中、商売のことばかり考えていました。大学に入って手掛けた商売は数多くあります。ブランド物の並行輸入に始まって、大学サークルを紹介したカタログ雑誌の発刊、大学生向けのマーケティング調査、モーターショーへの女性派遣、と様々な商売に挑戦しました。またその中でも面白かったのが、パチスロの必勝方法を売る商売です。まずパチスロの基板を買ってきて、そのプログラムを解読し、その中のバグを見つけます。そのバグを利用して、必勝パターンを編み出しました。その必勝パターンをパチンコ屋にいるおっさんに売って儲けました（笑）。つまり商売であれば、何でも手を出しました。でも誤解されたくないのは、金儲けだけが商売の目的ではなかった。矛盾しているようですが、自分の事業家としての存在意義を、いろんな商売を通して見つけたかったのです。一体自分は何を商売にして起業するのか。その商売をする自分の存在理由って何なのだろう。そんなことをずっと考えていましたね。</div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信4号（2002年3月号）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―存在理由とは、どういうことですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>堀：</strong>要するに、どうして自分はこの世に存在しているのか。生きている意味とは、一体何なのだろう。今後どのようにして人生を生きていこうか。そんな根源的なことです。でもこの根源的な存在理由には、絶対に答えはありません。それでも答えを見つける努力はし続けるべきです。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―どのようにして存在理由を見つける努力をするのですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>堀：</strong>まず自分の得意分野を認識する必要があります。例えば将棋の得意な人が、プロ野球の選手を目指しても無謀です。だからまず自分の得意分野を探して、そこで自分の役割を見つけるべきです。私の場合は、かなり早い時期から自分の得意分野は『商売』だと認識していました。だから大学入学後すぐに商売を始めたのです。最初は『商売』で自分の存在理由をあまり感じることはできませんでしたが、しばらくすると『商売』を通して自分が世の中に与える影響を感じることができました。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―大学卒業後は何をしたのですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>堀：</strong>私は大学を卒業して、そのままロンドンに留学しました。でもロンドンでも、商売がしたくなったのです。 　その頃ちょうど日本でファミコンが流行っていました。でも当時流行っていたのは日本の市場だけだった。だから私はアメリカでファミコンを売れば、儲かるのではないかと考えたのです。そう考え出すと、もう居ても立ってもいられない。ロンドンにいながら日本の友人と連絡を取り合い、ファミコン計画を練りました。そして結局、途中で日本に帰ってしまった（笑）。日本に帰ってから、まずファミコン事業の金主を探しました。ファミコンのカセットは、製造費が高くて、一つ作るのに2000円以上もかかります。だから100万個作ろうと思えば、単純に20億円以上のお金が要るのです。そして開発費などを入れたら、ざっと約24億円の計算です。当時は直球勝負しか知らなかったので、手元に24億円のお金を集めなければ、そのファミコン事業ができないと真剣に悩みました。そこで思い付いたのが、「会社四季報」作戦です。「会社四季報」を買ってきて、実家の屋根裏に電話を引っ張って、「会社四季報」の1ページ目から片っ端に掲載企業の社長宛てに電話をかけまくりました。でも普通に電話をかけても、まともに相手にしてくれません。そこで考えました。何とか社長にまで繋がるように、電話口で「関西の堀ですが、社長はおられますか」などと、あたかも社長と知り合いのように装ったのです（笑）。関西に堀さんは大勢いるので、社長の知り合いの中にも堀という名前の人がいるかもしれないじゃないですか（笑）。そしてそれを実践してみると、そのまま社長に繋がることも結構あったのです。社長に繋がったら、まず詫びを入れて、次に切々と自分の想いを電話で訴えました。中にはガチャンと切られることもありましたが、実際に会ってくれた社長も何人もいましたね。実際に会ってくれた社長の中には、私の話に感激して、涙を流して、「応援してやろう」と言ってくれた方までいました。でも結局この計画は途中で頓挫してしまいました。</div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
    </content>
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    <title>西洋と東洋の&quot;際&quot;を目指して - ベンチャー通信　プロフェッショナルを探す</title>
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    <published>2010-05-06T09:03:54Z</published>
    <updated>2010-06-24T08:53:20Z</updated>

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    <author>
        <name>経営通信Web</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.v-tsushin.jp/search/">
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信第7号（2003年2月）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<b><strong>―中島社長の小さい頃のお話を教えてください。</strong></b></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<b><strong>中島：</strong></b>小さい頃は、本当に小さい子供でした（笑）。私は九州で生まれて東京に引っ越して来ましたが、小学校に入学するまでは軽い自閉症でした。とても内気な子供だったので、幼稚園の先生が私を特殊学級に入れたらどうかと親に相談したくらいです。授業中、先生に当てられて本を読むように言われても、恥ずかしくて本を人前で読むことも出来なかった。そんな状態が小学校4年生くらいまで続きましたね。しかし、私の中には、シャイな部分の他にどこか自己主張する部分があったんでしょう。小学校5年生くらいからは一転して自己主張を始めるようになりました。本当なら勉強で自己主張をすればよかったのでしょうが、勉強がそんなに出来る方ではなかったので、どちらかといえば不良っぽいに方に傾いてしまいました。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<b><strong>―中島社長は高校から拓殖に進まれたそうですが。</strong></b></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<b><strong>中島：</strong></b>私の母親はとても教育熱心な人でしたので、はじめは私立の中学へ進学させようとしました。しかし、私は自分だけがみんなと違う中学校に行くのが嫌だった。ですから地元の中学校に進学しました。そして、高校へ進学する時、母親が今度は拓殖大学の付属高校へ進めと言う。&ldquo;男臭い&rdquo;拓殖への進学を勧めた意図は、もっと男らしく元気のいい子になれということでした。そして、私はその通り拓殖大学付属高校に入学し、軽い気持ちで応援団に入りました。応援団というのは、人の応援をしながら自己顕示欲の塊のようなものなのです。自分のことを他人に対して顕示して、認められる気持ちよさをこのとき知ったわけです。この応援団での体験が、自分を大きく変えたと思います。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<b><strong>―大学時代に学んだことは何ですか。</strong></b></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox_right clearfix">
	<div class="sent">
		<b><strong>中島：</strong></b>もともと拓殖大学というのは、起業家精神のような空気感のある学校でした。「男たるもの、人に使われるくらいなら浪人をやっていたほうがましだ」というような幕末的な発想で、いつか自分が天下を取ると言う人がたくさんいました。だから、私も影響を受けて、応援団でもリーダーとなって頑張りました。あと、応援団という集団の中で、どうすれば格好良く振舞えるかなど、いかにして自分のポジションを確立するかということを必死で考えました。その中で、タフに生きていくことを学んだような気がします。教授から学んだことよりも、そういった起業家精神のような部分が大学時代に培われたと思います。</div>
	<div class="gra">
		<img height="180" src="/img/kiwa-1b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<b><strong>―大学卒業後はどうされたのですか。</strong></b></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<b><strong>中島：</strong></b>大学まで学費を出してくれた親のためにも、就職はしました。しかし、自分の持っているスケール感と、実際の会社のスケール感があまりにもかけ離れていた。社会って意外と大したことがないと思って、すぐに会社を辞めてしまいました。その時は、完全に社会を甘く見ていましたね。その後、いくつかの会社を転々としましたが、どこも同じ結果。いつもどこかで辞めたいなと思いながら働いていましたね。</div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信第7号（2003年2月）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<b><strong>―大学時代の応援団の先輩と会社を始めたそうですが。</strong></b></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<b><strong>中島：</strong></b>はじめの会社を辞めた後、応援団の先輩と一緒に会社を始めました。相撲の国技館がある両国に事務所を構えて、警備会社を作りました。しかし、はじめから事業内容なんて考えなかったものだから、あまりうまくいかなかった。その時、先輩は「中島だけが頼りだからもう一度一緒にやろう。」と言ってくれたのですが、私は断りました（笑）。その先輩との別れは、一つの成長になったと思います。仲間というのは、いつかは別れていくものだということを身を以って知りました。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<b><strong>―中島社長の起業までの経緯を教えてください。</strong></b></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<b><strong>中島：</strong></b>私の起業は普通と違って、サラリーマンをしながら店を作りました。給料をこつこつためて古着屋を作ったのがスタートです。しかし、はじめは全く売れません。どうしたら店が繁盛するのか真剣に考えて、失敗をしてはまたやりなおすということを繰り返していた。その中で、売る側と消費者の側の感覚がイコールにならないと売れないということがわかったんです。その後、アンティークを売る店を構えました。米軍横田基地の前に家賃が10万円もしないようなショップを借りて、米軍払い下げの家具を売っていたんです。しかし、家具を仕入れる過程の中で、やはり本当にいいものは自分で作らなければならないと思いはじめました。そこで今度は、洋服のメーカーを始めました。実際に生地から全てを生産するのですが、それがまた難しかった。自分の思っていることがなかなか形にならないんです。そんな経験をする中で、お金のないところから立ち上げるのは本当に大変だなと実感しました。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<b><strong>―そこから、飲食を始められたのはなぜですか。</strong></b></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<b><strong>中島：</strong></b>飲食は、デザインからメーカーまで、全ての過程がつまっています。ラーメン屋を例に考えてみると、スープ作りから盛り付けまで、全て一軒のラーメン屋の中で完結します。だから、お店という「町工場」の中で、全部一括してできるのが飲食だと思いました。更に、大企業が資本を繁栄しにくい分野でもあるのです。飲食とは、結局はお皿の上の料理の勝負です。人件費の高い大企業はむしろ不利なのです。スタート時に有利性がどれだけあるのかということも考え、飲食にシフトしたという感じですね。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<b><strong>―中島社長にとって、起業とは何ですか。</strong></b></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<b><strong>中島：</strong></b>別に起業だけが素晴らしいことではないし、普通に会社に勤めていてもいい。人間の生き様として、どちらがいいかということはありません。しかし、私から見れば、やはり起業するほうが楽しい人生だと思います。サラリーマンをしていても、ベンチャースピリットを持っている会社に勤めるのでしたら、起業しているのと同じ楽しさがあるかもしれません。しかし、ゼロから全てを作り上げていくというのは、起業家以外には味わえないと思います。</div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
    </content>
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    <title>社会貢献なきベンチャーはベンチャーにあらず！ - ベンチャー通信　プロフェッショナルを探す</title>
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    <id>tag:www.v-tsushin.jp,2010:/search//10.239</id>

    <published>2010-05-06T08:24:08Z</published>
    <updated>2010-06-25T08:03:58Z</updated>

    <summary></summary>
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        <name>経営通信Web</name>
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    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.v-tsushin.jp/search/">
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信第14号（2005年7月）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―はじめに事業内容について教えてください。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>牧野：</strong>人事・会計・生産管理などの大手企業向け基幹業務用パッケージソフト（ERPパッケージ）のメーカーです。一般のシステム開発企業のように、オーダーを受けてつくる受託生産型ではなくて、すべての大手企業のニーズを標準機能に盛り込んだパッケージソフトを提供しています。似たような会社は、アメリカのマイクロソフトやオラクル、ドイツのSAP。日本では当社しかありません。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―小さい頃はどんな少年でしたか？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>牧野：</strong>基本的に今とあまり変わりません。「なぜそれをやらなければいけないのか」という説明を聞いて納得してからでないと、何もやらない子供でした。9割がたの子どもは、教師が「こう」と言ったら、「そうなんだ」と考えるものです。でも、僕はできなかった。優秀な教師は子供にきちんと理由を説明してモティベートするけれど、「やるのが当然」という理不尽なことを繰り返す教師には納得できませんでした。勉強くらい自分でやる。「宿題をやれ！」と言われてもやる義務なんてない。それに勉強で分からないところもなかったので、わざわざ予習も復習もしなかった。授業中も、授業の内容は理解していたから、授業なんて真面目に聞く必要もない。そんな風に考えていました。だからテストの点数は良くても、「授業態度が悪い」ということで、学校の評価は悪かったですね（笑）。活発な子供だったけど、自分の頭で物事を考えるのが好きだったから、一人になるとよく考え事をしていました。本を読むのも好きで、たくさん本も読みましたね。中学生になると、小学生の時みたいに授業態度が悪いという理由で評価が下がることがなくなり、テストの点数だけで評価が決まるようになりました。だから急に成績が良くなった（笑）。進学は、入るのが難しい学校をあえて選びました。将来のことを真剣に考えていたわけでもないのですが、「誰にもできないような難しい仕事をしたい」と漠然と思っていました。また僕はその頃から、徒党を組んで文句を言う人間が苦手だった。よく大勢で集まったとき、誰かが「こんなこともうやってられるか！」って言うと、「そうだ」「そうだ」って同調する人がいるけど、ああいうのがダメなんだよね。それならやめればいい。文句を言う前にやれよ。解決できるように努力しろよって思っちゃう。就職は、東証一部の建設会社にしました。特にやりたいこともなかったから、どうせなら親も喜んで、給料も高い一部上場企業にしようって決めたんです（笑）。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―実際に働いてみて、どうでしたか？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox_right clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>牧野：</strong>僕は新入社員研修の成績がトップだったので、自信満々で、いざ現場で製図をやってみたら全然できない。建築系の学科を出ている他の新人よりヘタなのは当然ですが、半年ぐらい勉強しても全然うまくならなかったんです。この時はさすがにへこみました。挫折感でいっぱいでした。そんな時、たまたまコンピュータ関連の部門に空きができたので、運よく異動することができたんです。その部門は中東関連の取引があり、翻訳ソフトの開発を任されました。とりあえず手探りながらやってみました。そうしたら、それなりに使えるソフトができたんです。それでソフト開発って案外面白いなって。もっとソフト開発というものを極めてみたくなったんです。そんな時、ちょうど大手家電メーカーでトップのSE（システムエンジニア）だった知人が独立してソフトウエアの会社を起こすという話があった。僕は思い切って、その会社に転職することにしました。</div>
	<div class="gra">
		<img height="230" src="/img/worksap-1b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信第14号（2005年7月）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―そこから本格的にソフトウエア業界に入ったわけですね。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>牧野：</strong>そうです。最初はプログラムの開発をしていましたが、3ヶ月くらいで、全体をデザインするSEになりました。更にしばらくして、顧客にシステムを提案していくようになりました。 ちょうどその頃、外資系の大手コンピュータメーカーにいた人が入社してきて、その人に「関連会社がコンサルタントを募集しているので出向で行かないか」と誘われました。面白そうだと興味をひかれ、東京に出てきました。その出向先で、僕は他人が引き受けないような仕事を好んで引き受けていました。手間ばかりかかる案件や複雑な案件ばかりでしたね。でも、楽しかったですよ。自分の頭をフル回転させて困難な仕事を達成していく。もともと僕は人ができないような難易度の高いことをクリアすることが好きだったんです。そうやって山のような難題をこなしていくうちに、日本のソフト業界の抱える問題点が見えてきたんです。それは、システム開発に費用がかかりすぎていること。業務の効率化、コスト削減という目的で新しくシステムを構築しているのに、逆に経営的にはコスト高になっていた。欧米企業でIT化が進んだのは、80年代。当時、欧米は不況で、人事や経理業務をシステム化して経営効率を高め、コスト削減することが目的だった。一方、日本は当時バブル経済まっさかりの頃で、コスト意識が非常に低かったんです。欧米ではSAPやオラクルなどの大手企業向けの業務用パッケージソフトが開発され、瞬く間に普及しました。企業ごとにオーダーメイドでシステム開発するよりもはるかに安価に導入できたからです。では、日本に同じようなパッケージソフトがあるかというと無かった。このままだと日本企業は欧米企業より情報システムに対する投資に莫大な費用がかかって、国際的な競争力を落とすことは明白でした。これは日本の危機だと感じました。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―そこで、大手企業向け業務用パッケージソフトの開発を手がけようとしたんですね。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>牧野：</strong>そうです。我々がやろうとしたことは当時、日本には全く存在しないビジネスでした。特定の企業用のオーダーメイドソフト開発は盛んに行われていました。でも、すべての大手企業に対応した、ノーカスタマイズで導入できるパッケージソフトの開発は、日本ではできないと言われていたんです。と言うのも、何百社何千社が使うソフトとなれば組み合わせだけでかなり複雑なソフトになる。この問題を解決するには、とても個人の手には負えない。そこで知人のエンジニアに声をかけ、94年にプロジェクトを発足させました。とりあえずソフトの雛型を作って大手SI企業に持ちこんで提案しました。しかし、どの企業も決まって「こんな製品があれば素晴らしい」とは言うものの、「ウチでやらせてほしい」とは絶対に言わない。もともと、欧米に比べてコストが高いから、パッケージソフトを作ってコストを削減しようというのがこのプロジェクトでしょ。</div>
</div>
<div class="detailbox_left clearfix">
	<div class="sent">
		　でも、受託開発会社にとって、コストを削減することは売上の減少につながる。売上を減らすために開発をするSI企業なんてない。どんなに会社を回っても状況は好転せず苦しみました。そんなとき、プロジェクトに参加していたトップエンジニアの石川芳郎（現：CTO）が「誰もやらないなら、自分たちでやろう」と言い出したんです。でも、自分と石川の2人だけでは難しい巨大なプロジェクトでした。他にマーケティングや戦略立案を任せられる人間もいないといけない。そう思っていたとき、コンサルティング会社にいた阿部（現：COO）のことを思い出しました。当時、彼はヘッドハンティングを受けていて、受け入れれば東証一部上場企業の社長に就任するはずでした。それを僕が説得して引きずりこんだんです（笑）。「これは単にソフトをつくる事業じゃない。日本を代表する大手企業の情報投資効率を世界的レベルに上昇させて、結果的に日本企業の国際競争力を高めるという社会貢献事業なんだ」と。その言葉に阿部は賛同してくれ、96年7月に石川、阿部、僕でワークスアプリケーションズを設立しました。</div>
	<div class="gra">
		<strong><img height="280" src="/img/worksap-2b.jpg" width="330" /></strong></div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―御社の開発したシステム「COMPANY」は、人事・給与のソフトでダントツのトップシェアを誇っていますが、成功の秘訣は？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>牧野：</strong>経営方針が優れているからなど色々言われていますが、一番の理由は優秀な人材が多く集まっているからです。成功の秘訣は優秀な人材が燃え続けられるフィールドをつくったこと。そして、僕の仕事は、優秀な人たちが興奮し続けられるようなフィールドをつくり出すことです。うちで行っている学生対象の「問題解決能力発掘インターンシップ」もその一つです。インターンシップで試されるのは自らキャッチアップして未知の問題に取り組んで解決する能力。変化が早ければ早いほど誰かに教わっていたのではキャッチアップすらできなくなる。この業界は特に変化の激しい業界で、2、3年前の知識は役に立たなくなります。そうすると、その人のクリエイティブシンキング（発想転換力）と論理的思考力が非常に重要になってくるんです。インターンシップではうちのトップエンジニアやトップコンサルタントが講師をしています。学生は知識も時間もまったくない状況で、約1ヶ月間、次々と課題を与えられる。自ら学ぶことを取捨選択し、発想を転換して対応する。限られた時間で難易度の高い課題をいかにして突破していくかを試されるのです。 そして、A・B・Cの三段階で成績評価を行い、A評価の人には5年間有効の入社パス、B評価の人には3年間有効の入社パスを発行します。この入社パスというのは、有効期限内であれば、いつでも好きな時にうちの会社に入社できる権利です。なぜ、このような入社パスが発行できるかというと、会社にとってプラスになる人間にしかパスを発行しないから。うちは一般の企業みたいに「来年は 100人必要だから、120人に内定を出す」という論理で動いていない。うちの会社がパスを出した人なら、明日からでも全員に来て欲しいと思っています。うちの会社が採用に莫大なコストをかけられるのは、うちでは優秀な人材ほど辞めないからなんです。辞めないから次々と新しい価値を生み出してくれる。つまり、優秀であればあるほど興奮できるフィールドがうちには用意されているんです。一緒に働いている仲間が優秀なうえ、仕事内容は社会に大きな貢献をしている。こういう素晴らしい環境でこそ、彼ら彼女らの能力が最も活かされると理解しています。</div>
</div>
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    </content>
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    <title>骨太ベンチャーキャピタリストの眼力 - ベンチャー通信　プロフェッショナルを探す</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.v-tsushin.jp/search/details/000237/" />
    <id>tag:www.v-tsushin.jp,2010:/search//10.237</id>

    <published>2010-05-06T08:06:28Z</published>
    <updated>2010-06-23T13:31:25Z</updated>

    <summary></summary>
    <author>
        <name>経営通信Web</name>
        <uri>http://k-tsushin.jp/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.v-tsushin.jp/search/">
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信13号から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―ベンチャーキャピタリスト（VC）とは、いったいどんな職業なんですか？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>西岡：</strong>VCは、将来有望なベンチャー企業を発掘して、そのベンチャー企業に投資をする人のことです。投資したベンチャー企業が株式上場（IPO）をしたり、他社に事業を売却（M&amp;A）するなどして、その株式の売却益（キャピタルゲイン）をVCが得るんです。だから、将来成長しそうな企業を如何にして見抜くかがポイントになります。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―ベンチャー企業がVCから投資を受ける適切なタイミングはあるんですか？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>西岡：</strong>VCからの投資を受けるタイミングとしては、そのベンチャー企業が成長段階において、一気に事業を拡大するチャンスを得て、その為の資金を調達する必要のある時です。そのチャンスを逃してしまったら、そのベンチャーの飛躍のチャンスがなくなってしまうかもしれない。でも、これまでのように親戚縁者からの小口の出資では賄いきれない経営資源がいるとき、そういう場合にVCがリスクをとって投資をするんです。 　投資をした後のベンチャーへの支援の仕方で分類するとVCにもいろんなタイプがあります。「出資後、ベンチャーが商売上で実質的に助かるように顧客や開発パートナーを紹介して、いわゆるhands onでベンチャーを助力し続けるタイプ」と「特に実質的な助力をせずに（hands off）ベンチャーがEXIT（IPOまたはM&amp;A）をするのをじっと待つタイプ」です。当社MICは前者の典型的なVCです。いずれにしても出資に際してはベンチャーの実力と将来性をじっくり見極めるデューデリジェンス（投資する際のリスク調査や分析）をしなければなりません。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―実際に「デューデリジェンスをしないVC」は存在するんですか？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox_right clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>西岡：</strong>数年前に「ネットベンチャー・バブル」が日本で起きた時には、一社のベンチャーでIPOを当てると何百倍ものキャピタルゲインを得られるので、何百社に一社当てればトントンという風潮を生みました。その頃には多くのVCが審査基準を緩めて安易な出資に走ると言う現象が見られたのは事実です。私は前職のインテルを99年4月に退社した後で、多くの若いベンチャー経営者の相談に乗っていて、日々、一部のそのようなVCたちのひどい有り様を見て危機感を覚えていました。日本にもベンチャー企業のきちんとしたデューデリジェンスをして、ベンチャーをしっかりと指導できるVCがいなくてはいけないと常日頃から考えていました。そうしたら、ＮＴＴドコモの大星会長（当時）も同じ危機感を抱いていたんです。そこで意気投合して、99年11月11日に現在のモバイル・インターネットキャピタルを創業しました。</div>
	<div class="gra">
		<img height="230" src="/img/mickk-1b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信13号から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―モバイル・インターネットキャピタル（以下、MIC）は、具体的にはどんな性格のVCなんですか？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>西岡：</strong>まず、モバイル・コンピューティングとインターネット関連のベンチャーにしか投資しません。日本で出資分野をきちっと限定するVCは我々が最初だと思います。この分野で技術力のある有望なベンチャー企業を発掘して、長期的な視点で投資し、顧客やパートナーを紹介して実務的に地道に支援します。出資は援助の一部だと考えています。一方、我々が支援できないベンチャー、つまり、ベンチャーから見てMICにバリューが無い場合には出資しません。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―具体的な支援とは？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>西岡：</strong>社外取締役を送り込んで経営に文句を付けるのをhands onと考えているVCもあるようですが、我々は横から口先だけを出すだけでなく、その会社の商品や技術を一緒に売り込む手伝いもします。その技術のための新しい市場形成も主体的に支援します。幸い、私にはシャープやインテル時代に築いた大企業との太い人脈があります。通常ベンチャー企業が大企業にアプローチしようと思ってもドアを開けても貰えませんし、直接会える担当者には決裁権がなかったりと、非常に不利な場合がある。そこで、「大企業との橋渡し役」を私が担うのです。</div>
</div>
<div class="detailbox_right clearfix">
	<div class="sent">
		　たとえば、ベンチャー企業の有望な技術を、大企業に売り込みます。大企業には、大量生産能力や販売力やブランド力などがあります。それらを活用させてもらって、ベンチャー企業1社では成しえなかった事業展開ができるようにするのです。大企業としても、思わぬ新技術をベンチャーから持ち込まれたりなどして大きなメリットがあるから、まさにwin-winの関係です。大企業の豊富な経営資源と、ベンチャーならではの独創的な技術、その2つを合わせて化学反応を起こせば、夢は大きく膨らみます。でも、気をつけなければいけないのが、ベンチャーはどうしても大企業より弱い立場にあるということ。だからアイディアだけを盗まれたり、大企業のおっとりしたスピード感覚に飲み込まれて、いつの間にか資金が尽きてしまったりというケースもある。そういうケースを避けるために、機密保持契約書の締結や、大企業との付き合い方などを、MICが中立的に指導します。ベンチャーに代わって、私が大企業にきちんと説明や交渉をしてあげることもしばしばです。こういった支援は非常に喜ばれています。</div>
	<div class="gra">
		<img height="260" src="/img/mickk-2b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―西岡さんが、投資するベンチャー企業とは、どんなベンチャーなんですか？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>西岡：</strong>まず、投資分野としてはモバイル・コンピューティングとインターネットの分野です。特に最近は携帯マーケットの成長が著しい。この分野は、日本が世界で最も進んでいる分野でもあるんです。評価のポイントとしては、まず技術力です。そのベンチャーが持っている技術が他社に安易に真似されないかどうか。すぐに真似されるような技術だと、経営資源の豊富な大企業に負けてしまいます。そのベンチャーが持っている技術に特許が成立していれば、他社が参入することが困難になりますから重要な参入障壁になり得るのです。また、その技術に奥の深さや横の広がりが期待できるかどうかも重要です。その技術を深く掘り下げて新たな商品開発につなげたり、その技術を応用して他の商品に展開できる可能性があれば有力です。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―起業家自身としては、どこの部分を見るんですか？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>西岡：</strong>全人格を見ます。夢を持って、情熱を傾けて仕事をしているのか。一発当てて儲けてやろうとしか考えていない人には投資しません。でも、人を見抜くのは本当に難しいですよ。たった1時間くらいの会話で、その人の本質は見抜けない。だから、一緒に飲みに行ったり、起業家の部下にヒアリングしたりして本質を見抜く努力はします。それでも、失敗することはあります。でも、やはり最後はその起業家の&ldquo;想い&rdquo;と&ldquo;実行力&rdquo;ですよ。「私はこういう技術で日本を変えていきたい」、「こういう技術で世界的な企業を創りたい」というような想い。本物の想いがあるかどうか。そしてそれを石にシガミツイテモ実現するか。最終的にはそこだと思います。</div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
    </content>
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    <title>『宅急便』の生みの親 - ベンチャー通信　プロフェッショナルを探す</title>
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    <published>2010-05-06T07:54:30Z</published>
    <updated>2010-06-23T03:06:16Z</updated>

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    <author>
        <name>経営通信Web</name>
        <uri>http://k-tsushin.jp/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.v-tsushin.jp/search/">
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信第7号（2003年2月）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―どのような子供時代を過ごされましたか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>小倉：</strong>私はたいへん弱虫な子供でした。勉強もスポーツもあまり頑張りませんでした。大学に入っても、戦争に行かなければならなかったので、全く勉強に身が入りませんでしたね。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―戦争を体験して最も印象深かったことは何ですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>小倉：</strong>私が見習士官だった時、何百人分もの炊事場とトイレを2日間で作るように命令されたことは、今でも鮮明に覚えています。もちろん、必要な資材などは用意されているわけもなく、全て自分で見つけなければなりません。それには、さすがに困りました。結局、人に教えてもらったりして、土手に穴を掘り、竹と麦わらで囲いをしてトイレを作り、河原の石を拾ってきてかまどを作りました。これは強烈な体験でしたね。「どんなことでもやればできる。」ということを、身をもって感じました。資材が無いというのは言い訳に過ぎない。無いなら探してくればいいということです。これは起業に関しても同じですね。資材があれば会社を興せるというわけではない。設備なんかなくても、それを作ればいいわけですから。要は、やる気が大切なんです。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―戦後、人口甘味料サッカリンの会社をつくられたそうですが。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>小倉：</strong>当時は、今の学生のようにアルバイトでお金を稼ぎたくても、そのアルバイト自体がなかった。そこでサッカリンを密造して、後輩にもお金を分けてやりたかったんです。当時は甘いものが無かったので、人口甘味料であるサッカリンは高値でも飛ぶように売れました。わたしは工場まで建てて、たくさんの学生を工員として働かせるまで大きくしました。この経験は、経営の勉強になりましたね。特に金銭関係について多くのことを学んだ。月末の集金の時にお金が無いとどんなにつらいか、キャッシュフローがどれほど大事かを身にしみて感じました。サッカリンは確実にキャッシュが得られるので、その点はまだ楽な商売でしたけれどね。そのように、当時は必要にせまられて否応無しに経営の勉強をしました。だから経営というものを実務経験をしながら独学で覚えていったということです。企業経理の分析も全て独学。また企業が潰れるのは赤字になった時でなく、資金繰りに詰まった時だということも知った。黒字でも資金繰りが上手くいかなかったら、即倒産なんです。なんでも自分でやってみると色々なことが分かってくるもんです。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―その後、父親の会社であるヤマト運輸に入社されてどうでしたか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox_right clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>小倉：</strong>運輸業には非近代的部分があって、なかなか近代的経営に発展しません。それをどうしたらいいか一生懸命考えていました。まずは、お金も大事だけど人も大事だと考え、人を管理する勉強を一生懸命しました。そこで出てきたのが賃金制度。働くモチベーションは非常に大切で、それを働く人にどう持ってもらうかが経営管理の一つの大きな柱です。それを具体的に示すのが賃金制度なんですよね。賃金レベルが高いかどうかということと、人事評価がフェアであるかどうかが大切なんです。そういう賃金についてのことをいろんな本で勉強しました。また、父は古いタイプの経営者で、ああいう経営者にはなりたくないと思っていました。いわば、反面教師ですね。古いタイプの経営者は、理論よりも感覚を重視しますが、感覚を頼りにする経営は危ないんです。やはり、データをちゃんと分析して社員に説明できるようにしないといけません。</div>
	<div class="gra">
		<img height="230" src="/img/kuronekoyamato-1b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信第7号（2003年2月）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―小倉さんの経営哲学はどのようなものなのでしょうか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>小倉：</strong>常に消費者の側に立ち、生産者中心の考え方はやめなさい、ということです。消費者中心の企業経営が大切です。消費者に支持されない企業は間違いなく潰れます。消費者に支持されるということを企業理念に掲げる会社、今の言葉で言えばCS（コンシューマーサティスファクション）経営をしている会社は、やはり成功してますよね。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―ヤマト福祉財団の事業についてお聞かせください。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>小倉：</strong>障害者の福祉の仕事をしています。日本の障害者は恵まれない状況にあります。仕事も働き場も無い。したがって収入が無い。本当に月給1万円の世界です。だから障害者手当てが支給されるわけですが、お金があれば幸せか？というとそうではありません。みなさんも毎日が日曜日だと苦痛でしょう。人間には働きたいという基本的欲望があります。お金も欲しいけど、働くことによって自分の創造性が発揮できるんです。生きがいは、やはり働く場でしか達成できません。私は、働く能力はあってもそれを発揮する場がないという障害者に働く場を作ってあげたいんです。つまり、ノーマライゼーションの世界にしたい。障害があろうとなかろうと関係なく「働く権利」を発揮できるような社会的仕組み、それがノーマライゼーションです。世間では、「障害者が作ったから買って下さい」というのがよくありますが、それは逆に差別だと思います。べつに障害者であることを言う必要もない。障害者が働いていることを誰も気にしない世界を作りたいんです。ところが、健常者が障害者に対して偏見を持っているからノーマライゼーションが進まない。障害者の能力が低いとか働く意欲がないといった偏見が多いんです。そんな誤解は初等教育の段階で無くさなければなりません。私はもう78歳で耳と足が悪いので、本当に障害者の一歩手前です。自分がそういう状態だから、障害者の気持ちがよく分かるんです。私の第二の人生は経営の世界ではなく、障害者の世界で過ごすつもりです。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―今の日本の状況をどう思われますか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>小倉：</strong>困ったもんです。このまま行くと日本は危ないと思います。日本は生産面で非常に遅れをとっています。かつて日本は技術力が進んでおり、しかもそれを支える人口や安い労働力もありました。しかし、その構図ががらっと変わって、すべて東南アジアに持っていかれてしまった。東南アジアの技術力は日本よりも優れているものも多いし、人口も圧倒的に多くて労働力も安い。これではまともに競争できません。そのため日本はITのような高付加価値産業を中心に競争しなければならなくなります。IT分野で日本はやっとアメリカに追いついたばかりですが、まだまだ挽回できる余地もあると思います。しかし、まずは役人が作った多くの規制を無くさないといけない。不必要な規制があるとうまくいきません。私も宅急便を始めるにあたって規制と対決しなければなりませんでした。そこで分かったのが、規制は役人のためにあるということです。役人が規制を作って、自分たちの都合のいいように使っている。日本を良くするためには、この現状を変えなければいけません。これからは役人主導を改めて民間主導でいかなければならないと思います。</div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
    </content>
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    <title>内なる破壊と創造を繰り返せ - ベンチャー通信　プロフェッショナルを探す</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.v-tsushin.jp/search/details/000235/" />
    <id>tag:www.v-tsushin.jp,2010:/search//10.235</id>

    <published>2010-05-06T07:43:50Z</published>
    <updated>2010-06-24T08:41:10Z</updated>

    <summary></summary>
    <author>
        <name>経営通信Web</name>
        <uri>http://k-tsushin.jp/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.v-tsushin.jp/search/">
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記は、「ベンチャー通信第34号（2008年9月号）」から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―松本さんは数多くのベンチャー企業を見てきたと思いますが、&quot;成功する起業家&quot;の共通点を教えてください。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>松本：</strong>いくつかありますが、一番大事なのは志だと思います。そもそも何のために事業をしているのか。継続して事業をやるためには高い志が必要です。単にお金儲けが目的で事業を始めてしまっては、途中で事業がうまくいかなくなると簡単にあきらめてしまいます。反面、志がしっかりしていれば、途中でブレることもありません。高い志は航海の時の北極星のように自らを先導してくれることでしょう。ベンチャー企業によくあるのが、会社の方向性が途中でブレてしまい、いったい何の会社か分からなくなってしまうことです。そうやって消えていくベンチャー企業をたくさん見てきました。そして創業時の仲間も大事です。起業家一人の力で事業を軌道に乗せることはできません。数名の優秀な仲間が集まって、お互い支え合いながら会社を発展させていかなければいけない。だから創業時にどういう仲間が集まっているかは非常に大事ですね。また意外に思われるかもしれませんが、私は起業家の運も大事な要素だと思います。成功する起業家に共通しているのが運の良さです。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―運はどうすれば良くなるんですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>松本：</strong>その人が生まれ持った運もあると思いますが、運を良くしたいなら運のいい人たちと付き合うことが大事だと思います。運のいい人は、運のいい人同士で付き合います。だから常日頃、誰と付き合うかは非常に重要ですね。コミュニティにも&quot;色&quot;ってあるじゃないですか。損得勘定だけでお互い付き合っているコミュニティもあれば、目先の損得勘定で集まっていないコミュニティもある。人の集まりにも&quot;色&quot;ってあると思うんです。同じように運のいい人たちのコミュニティもあれば、運の悪い人たちのコミュニティもあります。だから、なるべく運のいい人たちのコミュニティに入ればいいと思います。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―他には何か共通点はありますか？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox_right clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>松本：</strong>他にはそうですね。アピールする力ですね。どれだけ高い志を持っていても、それを効果的にアピールする力がなければ事業は立ち上がりません。事業を成功させるためには、先程も言ったように同志が必要です。その同志を集めるために起業家はアピール力を持っていないといけない。事業拡大のためには、同志の輪を積極的に広げる必要があります。大企業の経営者であれば、すでにヒト・モノ・カネが揃っているので、実務的な処理能力さえあれば務まるかもしれません。しかし起業家はゼロからヒト・モノ・カネのすべてを生み出さなくてはいけない。何もないところから事業を立ち上げるわけですから、積極的に自分の志をアピールしていかなくてはいけないんです。起業家には表現力と訴求力の素質がないといけないと思いますね。そして、いちど事業を立ち上げたら継続することです。途中であきらめてはいけない。起業家も一人の人間なので途中であきらめたくなる時もあると思います。でも、決してあきらめてはいけない。地道に継続することで、いずれ突破口も見えるはずです。 また、落ち込んでいる時にその姿を社員やお客さまに見せてはいけない。常に走っている姿、前のめりになっている姿を見せるんです。起業家はどんな時も常に前傾姿勢を見せていなくてはいけません。</div>
	<div class="gra">
		<img height="300" src="/img/monexgroup-1b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記は、「ベンチャー通信第34号（2008年9月号）」から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―なるほど。話は変わりますが、そもそも日本では起業家を目指す若者が少ないと言われています。松本さんはどう思いますか？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>松本：</strong>そうですね。確かに日本の若者は起業家を目指す人が少ないと思います。欧米と違い日本では起業家へのリスペクトが社会的に低いのが一因だと思います。日本では一流大学を出て大企業に勤める人とベンチャー企業を起こす人では、前者のほうがリスペクトされる。これは欧米では考えられません。欧米では起業して成功した人を社会が賞賛する文化があります。「よく起業した」と。新しく事業を立ち上げ、雇用を創出したわけですから、リスペクトされて当然という文化なんです。でも日本では、これが&quot;よく就職できた&quot;となる（笑）。そして日本の社会は起業家をドロップアウトした人たちのように見るんです。私も若い頃は起業したいなんて思っていませんでした。だから起業に関して言えば、私は相当のおくて（笑）。起業したのが35歳です。それまで自分の頭の中の辞書に「起業」の2文字はなかった。私が外資系金融機関に就職した後、しばらくしてインターネットが誕生しました。このインターネットの誕生は電気や電話の誕生がそうだったように、ビジネスのあり方を根本から大きく変えていくと確信しました。そして私はインターネットを使った個人投資家向けの金融サービスが絶対に必要になる時代が来ると考え、当時パートナーとして在籍していたゴールドマン・サックスに提案したんです。しかし、この提案は却下されました。そこで仕方なく起業したわけです（笑）。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―なぜ日本では起業家がリスペクトされないんでしょうか？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>松本：</strong>それは既得権益を守ろうとする力が大きく存在しているからだと思います。さかのぼると明治維新からその既得権益は続いている。幕末期に日本の3分の1の富を持っていた徳川幕府が崩壊し、※薩長土肥と呼ばれる明治政府の高官たちが日本を統治するようになった。</div>
</div>
<div class="detailbox_left clearfix">
	<div class="sent">
		徳川幕府の膨大な富も、そのまま薩長土肥の政府高官たちに移行された。そして、彼らはその富の上に行政のヒエラルキーを作り上げ、富が動かないように固定化したんです。その後、現在までこの既得権益は続いています。そして当然ですが、彼らは自らの既得権益を守ろうとします。そうなると既得権益側の彼らにとって、ベンチャー企業はその富を脅かす存在でしかありません。なぜならベンチャー企業は彼らの固定化した富を動かすからです。マクロ的に見ると、日本で起業家がリスペクトされないのは概してそういうことだと思います。そういうマクロ的な背景があって、ミクロで見ると、親が子供に「一流大学に入って、大企業に勤めてほしい」という願いになるんだと思います。</div>
<div class="gra">
	<img height="200" src="/img/monexgroup-2b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<!--// * detaibox * -->
]]>
    </content>
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<entry>
    <title>若気の至りこそ最大の武器 - ベンチャー通信　プロフェッショナルを探す</title>
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    <id>tag:www.v-tsushin.jp,2010:/search//10.234</id>

    <published>2010-05-06T07:29:05Z</published>
    <updated>2010-06-24T08:49:19Z</updated>

    <summary></summary>
    <author>
        <name>経営通信Web</name>
        <uri>http://k-tsushin.jp/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.v-tsushin.jp/search/">
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信第8号（2003年7月）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―堀さんは、いつぐらいから音楽をやり始めたんですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>堀：</strong>ギターをいじり始めたのが、中学3年生くらいから。その当時はまだ戦後間もなかった頃で、音楽も大きい音で元気が出るような音楽が多かった。でもある日突然、もの悲しげなギターの音楽に出会った。落ち着いた大人の曲。その曲をどうしても弾きたくて、ギターを買ったんです。それからは仲間を集めて、毎日ギターを弾いてました。そうしているうちに、ただ弾いているだけでは飽き足らない。誰かに聞いてもらいたいと思うようになった。そして高校2年生の頃にハワイアンバンドを仲間と結成しました。プロとまではいかなくても、セミプロ並みに小遣い稼ぎはできていました。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―その頃は、将来はバンドで食べていこうと思っていたんですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>堀：</strong>いや、そうではないです。当時、ミュージシャンっていう職業は世の中で認められていなかった。うさんくさいイメージがあった。ギターは好きだったけど、ミュージシャンになるのは両親や親戚に申し訳ないような気がしていましたね。なんか顔向けできないというか。 　だからハワイアンバンドも高校3年生の暮れに辞めて、そこから受験勉強を始めたんです。それでなんとか明治大学に入学しました。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―いったん辞めたバンドを、大学時代に再開したきっかけは何だったのですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>堀：</strong>明治大学に入学して、たまたま大学のクラスで隣に座った同級生が高校時代にバンドをやっていたんです。そこで意気投合して、その同級生の家に遊びに行った。そしたら、そこに同級生の従兄弟がいて、彼は夜になるといつもギターを片手に仕事に行く。その人との出会いがきっかけで、僕もまたギターを弾き始めたんです。本当に偶然のきっかけですよ。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―大学時代からプロとして活動していたんですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>堀：</strong>そうです。ちょうど大学１年生の暮れにワゴンマスターズというプロのバンドから声がかかって、そのまま大学４年間はワゴンマスターズでリードギターしてました。ラジオに出たり、米軍キャンプに行ったり、本当に忙しかったですね。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―米軍キャンプですか？</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox_right clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>堀：</strong>そう、米軍キャンプ。ちょうど朝鮮戦争の時だったんで、朝鮮半島の最前線で戦っている兵士が、休暇を過ごしに日本に来るわけです。朝鮮戦争では、日本は物資の供給地であり、兵士の休暇場所だったんです。だから兵士を楽しませに、よく米軍キャンプでライブをしました。兵士は、普段は戦地にいるわけだから、給料は使えない。また戦争手当っていう危険手当も上積みされて、お金はたっぷり持ってた。僕たちにとっては、本当にいい時代だった。せっかくの休みだから、兵士もなかなかライブを終わらしてくれないんです。オーバータイム払うから、もう一曲やってくれって、どんどんお金を投げ込んでくる。だからライブが終わったら、ドル紙幣がどっさり。いちいち勘定するのも面倒だから、一掴みずつメンバーがそこから取っていくっていうようなことをやってた。</div>
	<div class="gra">
		<img height="220" src="/img/horipro-1b.jpg" width="330" /></div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信第8号（2003年7月）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―ワゴンマスターズは、大学卒業後も続けたんですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>堀：</strong>いえ、ワゴンマスターズは伝統があって、全員学生じゃないとダメだったんです。だから大学の卒業を前にワゴンマスターズは辞めた。辞めてからは、就職活動をはじめたんです。けど、ちょうどその頃は朝鮮戦争特需が終わった第一次不況。時代は最悪。一流企業も採用を控えていた時期です。僕なんか大学時代に全然勉強もしなかったし、当然会社に入れるわけもない（笑）。ワゴンマスターズも辞めちゃったし、戻るところもない。そこでブラブラしていてもいしょうがないから、自分でバンドを結成したんです。それが「堀威夫とスウィングウェスト」です。でもバンドを続けていくうちに、このままギター弾きで一生を終えるのはどうかと思い始めたんです。ギター弾きが男子一生の仕事とは思えなかった。そこで紆余曲折を経て、芸能プロダクションを立ち上げました。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―最初に立ち上げたのは、東洋企画という会社ですよね。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>堀：</strong>そうです。でも東洋企画は、社長に据えた知人に乗っ取られてしまいました。まだ自分は若かったし、舞台にも立っていたから、照れもあって、親しかったジャズ喫茶のオーナーに名前だけ社長になってもらったんです。でも、その知人との間に意見の食い違いが出始め、けっきょく僕が追い出されてしまった。ある日、事務所に行くと鍵がかかってて中に入ることもできない。しょうがないから、また自分でゼロからやるしかなかった。そして立ち上げたのが、（有）堀プロダクション。このゴタゴタに懲りて、今度は自分の名前を付けた会社にしました。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―最初はどのようにスタートしたのですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>堀：</strong>まずは東洋企画で僕が手塩にかけて育てたタレントを呼び戻しました。乗っ取った知人はジャズ喫茶のオーナーだから金は唸るほど持ってた。その当時はジャズ喫茶の全盛期でしたから。その知人はタレントの親に手を回した。金にモノを言わせてタレントの引き留めにかかったんです。タレントもみんな若かったから、その中で僕に付いて来なかったタレントもいました。そうやって、何とかホリプロを始めたんです。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―ホリプロがここまで来れた秘訣は何ですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>堀：</strong>運ですね。芸能プロダクションを設立した人は、当時からたくさんいました。でも芸能プロは寿命の短い業態です。生き残る確率よりも挫折する確率の方が非常に高い。でも挫折した人がみんな不真面目だったとか、努力してなかったかというと、そうじゃない。それなりにみんな努力してた。でも人間の努力や技術というのは、お互いに一生懸命やれば、そんなに差は出てきません。どこで差がつくかというと、最後は運だと思うんです。勝利の女神を味方に付けられるかどうか。将棋の世界でも、中原誠さん（永世十段）は「勝利の女神はネアカ人間が好きだ」って言ってるように、どんな勝負の世界でも最後は運だと思いますよ。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―その運を味方に付けるには、どうすればいいのですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>堀：</strong>いい顔をしているかどうかです。いつ何時に何があっても、いい顔が作れるか。どんなに嫌なことがあっても、一晩寝たら、次の日にはいい顔を作って、会社に出る。お通夜の晩みたいな顔をして、勝利の女神が微笑むわけはありません（笑）。なにか事を成そうとしている人の目ってどっか輝いてる。それがいい顔の条件。前日の嫌なことを引きずっているような人は目が死んでる。輝きがない。学生の方にも当てはまると思います。キラキラした目をした人と、いわしの腐ったような目をしてる人。キラキラした目の人は限りなく勝利者に近づくし、腐った目の人は限りなく敗者に近づく。それだけのことです。</div>
</div>
<!--// * detaibox * -->]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>燃える男、志太勤 - ベンチャー通信　プロフェッショナルを探す</title>
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    <id>tag:www.v-tsushin.jp,2010:/search//10.233</id>

    <published>2010-05-06T07:09:49Z</published>
    <updated>2010-06-24T08:50:17Z</updated>

    <summary></summary>
    <author>
        <name>経営通信Web</name>
        <uri>http://k-tsushin.jp/</uri>
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.v-tsushin.jp/search/">
        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信第9号（2003年12月）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
	　</p>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―志太さんは、どんな少年だったんですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>志太：</strong>ガキ大将でした。野山を駆け回っていましたね。また野球がとても好きで、野球少年でもありました。小学校６年生のときに野球をやり始めて、ずっと野球ばかりをやっていました。高校は野球で有名な静岡県立韮山高校に入学しました。ちょうど私が入学する前の年に、韮山高校は甲子園で優勝したんです。その優勝決定戦は、私も興奮しながらラジオで聞いていました。韮山に凱旋した韮山高校チームを、地元の人たちは熱烈に歓迎した。私も提灯を持ちながら、選手達を祝福しました。すごい憧れを持って、選手を見ていました。高校に入学した私は、迷わず野球部に入部した。一年生の頃は、ひたすら球拾いに明け暮れる毎日。その当時は、「日本一の投手」になることを夢見ていました。だから、厳しい練習もいっこうに苦にはならなかった。そして二年生のときに、晴れてピッチャーでレギュラーになれたんです。スタミナもあったし、球は速かった。時速140キロはあったと思う。 　でも、レギュラーになったその年、静岡県の予選大会で右腕に激痛が走ったんです。すぐに急患で病院に運び込まれて、体じゅうの関節にギブスをはめられた。医者からは、「多発性関節炎だ。一生ボールを握ることはできないよ」と一言、告げられました。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―その時は、どんな気持ちだったんですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>志太：</strong>本当にショックだった。野球だけが人生だったのに、もうその野球ができない。まさに人生の絶望を感じた。いっきに目の前が真っ白になりました。もう死んだ方がいいとまで思った。そして、ある日、自殺の名所である熱海の錦ヶ浦海岸に行きました。自然とその場所に足が向いていたんです。私はひどく落ち込んでいたので、フラフラと歩いていったんだと思います。そのまま放っておくと自殺するぞ、と思ったんでしょうか、海岸公園を管理している中年の男性が近づいてきて、私に声をかけたんです。そして、いろいろと私の話を聞いてくれた。その人は、「野球だけが人生じゃない。その野球にかける情熱をほかの分野に向ければ、必ず成功するはずだ。たとえば、商売をやったらどうだろう。事業家になり、日本一の金持ちを目指してみろよ」と言ってくれた。その人の言葉には温かみがあった。とても説得力のある話し方だったんです。その人の話を聞いて、はじめて「野球だけが日本一じゃなくて、商売にも日本一があるんだ」ってことを知りました。よし、商売人になろう。日本一の商売人になってやろう。そう心に誓いました。</div>
</div>
<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―すぐに商売を始めたんですか。</strong></h3>
<!-- * detaibox_right * //--><div class="detailbox clearfix">
	<div class="sent">
		<strong>志太：</strong>高校3年生の秋に、親戚の西原さんという人から、大衆食堂「大ごたつ」の経営を譲り受けました。西原さんは、食堂の経営をやめて、もっと大きな食堂を新たに展開することになったので、私にその話がきたんです。私は高校に通いながら、その食堂の仕事をしました。食堂は、俗に言う「トラック昼夜食堂」という大衆食堂でした。店は繁盛していて、ひたすら働いた。1日に3,4時間くらいしか寝なかった。でも、その繁盛していた食堂が、廃業に追い込まれたんです。というのも、新しいバイパス道路が開通して、トラックがうちの食堂に寄らなくなったから。こうして、その食堂は旧道に残された廃屋同然になりました。お客さんが全くいない店内、表に出て食堂を見たときの寂しさは、いまも忘れられません。 　この経験で、「いくら才覚があっても、いくら働いても、ビジネスの環境が変われば、どうしようもないことがある」ということを学びました。時代の流れを着実につかみ、チャンスをものにしていく。それが大事だと気づいたんです。逆に言えば、時代に逆行すると、どれだけ努力しても成功は難しい。この挫折は、私にとって貴重な財産になりました。</div>
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        <![CDATA[<p>
	<b>※下記はベンチャー通信第9号（2003年12月）から抜粋し、記事は取材時のものです。</b><br />
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<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―その後は、どんなビジネスをしたんですか。</strong></h3>
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	<div class="sent">
		<strong>志太：</strong>次にやったのが、アイスキャンディ事業です。その頃、兄がアイスキャンディ事業を展開していたんです。だから、私もそれを見習って、1956年からアイスキャンディ事業をはじめました。ちょうど22歳の時でした。戦後間もない頃だったので、甘いものが少なかったんです。このアイスキャンディは飛ぶように売れました。原料は水とシロップだけで済んだので、原価率は低かった。だから利幅が大きいわけです。このアイスキャンディ事業は、静岡県東部で一、二位を争うところまで成長しました。 　その後、事業をさらに拡大するため、静岡県では最大規模で最新鋭の冷菓工場を建設したんです。ところが、またしても災難が降りかかりました。その冷菓工場が、竣工一年後に社員寮、自宅ともに全焼してしまった。しかも火災保険などには入っていなかったので、工場を建設する時に借りた借金だけが残りました。あれは忘れもしない1958年4月13日のことでした。この時は、さすがに度重なる不運に絶望しました。「これからどう生きていこうか」と呆然と立ち尽くした。漠然とした不安感というより、「オレは運命に見放されているのではないか？」という恐怖感を感じたんです。</div>
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<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―その後、東京に出てきたんですよね。</strong></h3>
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	<div class="sent">
		<strong>志太：</strong>そうです。私にとって、故郷はもう敗残の地でしかなかった。当時の田舎では事業で失敗した人に、もう一度チャンスを与えるような雰囲気はありませんでした。私は追い立てられるようにして、心機一転、東京に出る覚悟をしたんです。そして、まずは家族を残して上京しました。お金がなかったんで、燃えた工場の跡地に行って、鉄クズを拾い集めて電車賃を捻出した。そうして新宿へと向かったんです。電車の車窓から赤くなった夕日が見えました。その太陽を見て、「志太よ、燃えよ！」と自らを奮い立たせた。その太陽の赤さは、いまでも鮮明なまま、脳裏に残っています。</div>
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<h3 class="com_detail_a">
	<strong>―東京に出てきた印象はどうでしたか。</strong></h3>
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	<div class="sent">
		<strong>志太：</strong>新宿駅に降り立った第一印象は、「東京は毎日がお祭りなんだ」ということです。とにかく人が多い。雑踏の中、圧倒されるような人の群れを見て、そう思いました。そんな時、「毎日がお祭りだから、人は有り余るほどいる。この群集の一人一人から、たとえ10円でも稼ぐことができれば、積み重ね式で増えていくことで、100万円にも1000万円にもなる」ということを考えた。「もうこれは東京で商売するしかない。日本一の商売人になるには、東京しかない」。そう決意しました。その日、自宅に帰る電車の中では、事業に対する意欲があふれんばかりに高まってきたんです。早く東京で商売をしたい、そんな想いでした。</div>
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