幕末の関西商人

生粋の大阪商人の家に生まれた堀主知ロバート。しかし“あきんど”の血筋に生まれたわりには、ロバートという名前がついていたり、英国ロンドンに留学したりと、すこし違和感もある。関西でも、港町・神戸で育った堀には、どこか異国情緒が漂っている。幕末の頃、多くの異人が神戸に下り立ち、そこに居留区をつくった。西洋の異人館と関西の商家。その見事な融合が異国情緒溢れる港町・神戸を生み出したのだ。その見事な融合は、百数十年の時を経て、堀主知ロバートという異端児をも生み出していた。

※下記はベンチャー通信4号(2002年3月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
 

―小さい頃の堀社長は、どういった家庭環境で育ったのですか。

堀:うちの家庭はとても厳しかったです。「世の中は自分の思い通りにはならない」ということを、両親から徹底的に教え込まれました。何かしたいと言っても、両親は絶対にそれを許してくれなかった。そんな抑圧的な生活によって、私の中に反骨精神が芽生えました。つまり成長していくにつれ、抑圧への反発が芽生えたんです。だから私は学校や親の庇護からできるだけ早く卒業したかった。あらゆる束縛から解放されたかったんです。また私の親戚は独立精神の強い人達ばかりだったので、商売人の心構えなどを早い時期から刷り込まれましたね。例えば、「働く」とは「傍を楽にする」から「働く」なのだとか、「商い」とは「飽きずにやる」から「商い」なのだ。そういった商売の本質的なことを教えられました。こういった哲学的なことは幼いうちは全く理解できませんでしたが、今になって、なるほどと思うことがたくさんありますね。

―小さい頃の家庭環境が、今の堀社長の原点なのですか。

堀:原点だと思います。徹底した反骨精神や、他人とのネゴシエーション(交渉術)、商いの原理原則など。小さい頃に多くのことを学びました。昔から反骨精神は持っていて、自分の信念だけは何があっても曲げませんでしたね。そのせいで高校時代もよく学校の先生と衝突していました。

―大学時代は、どんなことをしていたのですか。

堀:まず大学に入学して、初めて買った本が『100万円で始める個人輸入』という本です(笑)。私はどうしても商売をしたかった。日頃から両親に抑圧されていたので、商売で成功して独り立ちして、見返してやろうと考えたのです。だから四六時中、商売のことばかり考えていました。大学に入って手掛けた商売は数多くあります。ブランド物の並行輸入に始まって、大学サークルを紹介したカタログ雑誌の発刊、大学生向けのマーケティング調査、モーターショーへの女性派遣、と様々な商売に挑戦しました。またその中でも面白かったのが、パチスロの必勝方法を売る商売です。まずパチスロの基板を買ってきて、そのプログラムを解読し、その中のバグを見つけます。そのバグを利用して、必勝パターンを編み出しました。その必勝パターンをパチンコ屋にいるおっさんに売って儲けました(笑)。つまり商売であれば、何でも手を出しました。でも誤解されたくないのは、金儲けだけが商売の目的ではなかった。矛盾しているようですが、自分の事業家としての存在意義を、いろんな商売を通して見つけたかったのです。一体自分は何を商売にして起業するのか。その商売をする自分の存在理由って何なのだろう。そんなことをずっと考えていましたね。

※このサイトは、取材先の企業から提供されているコンテンツを忠実に掲載しております。
ユーザーは提供情報の真実性、合法性、安全性、適切性、有用性について弊社(株式会社幕末)は何ら保証しないことをご了承ください。自己の責任において就職、転職、投資、業務提携などを行ってください。くれぐれも慎重にご判断ください。

株式会社幕末