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INTERVIEW 業界別起業家インタビュー

株式会社リブセンス 代表取締役社長 村上 太一

史上最年少の26歳で東証一部上場を果たした学生起業家

理念を強く意識したことで危機を乗り越えられた

株式会社リブセンス 代表取締役社長 村上 太一

弱冠26歳。昨年11月、史上最年少の社長として東証一部に上場を果たしたのがリブセンス代表の村上氏だ。大学1年生だった2006年に起業。「成功報酬型の求人メディア」という新しいサービスが支持され、急成長を遂げた。今回は、企業理念や革新的なビジネスモデルが生まれた経緯、人材マネジメントなどについて、同氏に聞いた。
※下記はベンチャー通信52号(2013年5月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。

―起業のいきさつを教えてください。

村上:両祖父が経営者だったこともあり、幼い頃から社長になるという夢を持っていました。大学1年生だった2005年に、学内のビジネスプランコンテストに出場し優勝したことがきっかけです。翌2006年2月に、リブセンスを設立。求人に応募があったときに料金が発生する成功報酬型の求人情報サイト「ジョブセンス」を立ち上げました。既存の求人媒体は情報を掲載した時点で料金が発生するので、企業にとっては費用対効果が低い。私たちの媒体のほうが支持されるはず。そう考えたからです。

―業績は順調に伸びましたか。

村上:いいえ。意気揚々と起業したのですが、サイトをリリースした4月の売上は1万円以下。その後も半年間はメンバーに給料を出せなかったほど、業績は振るわなかった。でも私を含め全員が学生だったので、生活はできました。それに、オフィスはビジネスプランコンテスト優勝の賞品として、インキュベーションセンターのスペースを無料で借りられました。そのおかげでなんとか続けることができたのですが、先行きが見通せない。「もはやこれまで」という暗い気持ちになり、その年の末に、知り合いの経営者に「事業を買ってください」と打診したんです。でも、年が明けて、売却する話は撤回しました。

―なぜ、考えが変わったのですか。

村上:なんのために会社をやっているのか。それを正月休みの間に改めて問い直したからです。私は、他人の幸せに貢献できたとき、自分が幸せだと感じる。ひとりでは、他人の幸福に大きな貢献をすることはできない。だから会社を興したのだと。その考えは変わらないのだから、事業売却しても、また新しい会社を起こすだろうな、と。同じ苦労をするのであれば、ここで踏ん張ってみようと思ったんです。

―それで「幸せから生まれる幸せ」という企業理念を掲げたわけですね。

村上:はい。言葉になっていなかっただけで、その理念は私の無意識のなかにあったんです。成功報酬型の求人媒体という従来にないビジネスモデルを考案できたのも、この原点があればこそ。既存の求人媒体では、料金が高いために広告を出さない企業も多い。アルバイトを探している人は、その企業の求人情報を知ることもできない。つまり、求人側・求職側双方が不満をもっている。成功報酬型のモデルならば、その不満を解消し、多くの人々を幸福にできるわけです。業績が低迷していた時期、「なぜ、こんな苦しい思いをしてこの事業をやっているのか」と自分に問い続けました。メンバー同士でも徹底的に話し合いました。その結果、「私たちは“幸せから生まれる幸せ”のためにやっているのだ」という結論が出た。それを企業理念に掲げたわけです。

―理念を明文化したことで、なにが変わりましたか。

村上: ビジネスモデルを変更しました。理念にもとづいて、より多くの人が幸福になるようにしようと。それまでは「求人に応募があったとき」に料金が発生していたのを、「採用できたとき」に変えました。顧客にとっては、より費用対効果が高くなったわけです。また、顧客から受け取った料金のなかから、採用された求職者にお祝い金を支払うことにしました。

このビジネスモデル修正の効果が出てきたのは、創業から1年経った2007年3月ごろから。広告を出す企業と求職者がともに増えていき、その年の9月には月商が1000万円を超えるほどになりました。
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